第十四話 翔鬼と羽団扇
突然目の前に大天狗の清宗坊が現れた。
翔鬼に飛んで行くと言う?!
第十四話 翔鬼と羽団扇
「まずい! 野槌だ!!」
翔鬼が石から元に戻したのは野槌だった。
以前に襲われた野槌よりずいぶん小さかったが、それでも口の大きさが50㎝はある。 その口を大きくひらいて翔鬼に襲い掛かってきたのだ。
「わぁっ!!」
野槌の口が到達する前に、翔鬼の体が勝手に動いて刀を抜き、野槌をスパン!!と、一刀両断した。
目の前で黒い霧になって消えていく様を、翔鬼は茫然としたままで刀を鞘に戻しながら見守った。
もちろん刀を鞘に戻すのも翔斬刀が翔鬼の体を操ってした事だ。
「翔鬼! 大丈夫か?!」
白狼が慌てて駆け寄る。
「あ···うん···大丈夫だ」
なぜか翔鬼は未だに心ここにあらずだ。
「どうかしたのか?」
「うん···なぁ白鈴?」
「なぁに?」
白鈴は特に心配している様子もない。 翔斬刀がいるので、この程度の事は問題ないと分かっていたのだ。
「妖界って、こんな危険な奴ばかりか?」
質問はそこ? と思いながら白鈴は少し考えてから答えた。
「そうねぇ···どちらかと言うと野槌みたいに何も考えずに襲ってくる奴は少ないわね」
「そうか···じゃあ、ビックリして自分を守ろうと襲ってくる奴はいると思うか?」
「そりゃぁ、いると思うわ。 どうして?」
「石から元に戻した途端に切り殺すのはどうかなと思って···俺が石から戻してやったことがよく分からずに俺に襲ってきたからって、また殺すのか?」
「それもそうね」
「申し訳ありません」
翔斬刀が謝ってきた。
「いや···俺を助けてくれたのだから翔斬刀は、謝る必要はないぞ。 それに今回は野槌だったし···ただこれからは、一発で死んでしまわないように刀の刃を落とすとか手加減をしてくれれば、その後でどうにかできるかと思って···」
「承知しました」
そうだなと、白狼が話す。
「私を元に戻してくれた時は、翔鬼の気配が分かったから問題なかったが、声は膜がかかったようでハッキリとは聞こえなかった。 何も知らない者が目の前に神鬼が立っていたら驚くだろう。 小天狗たちも私の説明を聞くまで怯えていた者も多かったからな」
「それじゃぁ、これから元に戻すときは、今から戻しますよという宣言をしっかりとして、もう少し離れて観察する事にしようか」
「分かったわ」
「それはいい考えだ」
意見が一致した。
すぐに次の岩があった。
翔鬼は石に近づき大きな声で宣言した。
「今から石にされた体を元の姿に戻してやる! 戻ったからって、襲ってくるなよ!
アブラカダブラサッカーバドミントン! 元の姿に戻れ!!」
少し離れた所で三人が見守る。
ザワザワした後、元に戻った姿はただのお婆さんのようだ。
「あれ? 人間のお婆さん?」
《砂かけ婆。 突然砂をかけて驚かす。 たいして害のない妖怪》
だそうだ。 よく聞く妖怪の名だ。 翔鬼は少しワクワクした。
「わしを元に戻してくれたのは御主様かえ?」
よく見ると少し頭がバランス悪く大きいだけの小柄な白髪の老婆が、翔鬼を見上げる。
「そうだ」
「それはそれは、ありがとうごじゃりました。 ありがとうごじゃりました···それでは失礼致しまする···」
砂かけ婆は何度も深く頭を下げると、一度空を見上げてからさっさと森の中に消えていった。
砂をかけるところは見れなかったが、本物に会えて少し感動だ。
それからも石を見つけては元に戻していった。
それにしても見た事も聞いたこともない妖怪が沢山いる。 しかし、この世界には妖怪以外に野生動物が多くいる事に驚いた。 狐、タヌキ、ウサギ、猿、ヘビ等々···少しビビったのは熊だ。
とは言え、この世界の動物達は会話ができる。 白狼も話せるので当然といえば当然なのかもしれないが、言葉が理解できるので、助けた事を説明すると、熊でも大人しく何度もお礼を言って去っていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
そうやって寄り道しながら、知識の本が示す朱雀がいる場所に近づいた。
深い森の中、この辺りから山になっていて、急な上り坂になっている。
少し立ち止まって坂の上を見上げていると、突然目の前に何かが現われた。 全員が一瞬にして飛び下がり刀に手をかけて構える。
「あ······申し訳ありません」
目の前に現れたのは大天狗の清宗坊だった。 握り締めた両手の拳を太腿につけて頭を下げる。
「御迎えに参りました」
「お迎え?」
「はい。 朱雀様の御前に御案内いたします。 この辺りからは少し分かりにくくなっておりますゆえ」
「そうなのか。 それは助かる」
「そこで翔鬼様···」
「ん?」
「ここからは歩いて行くには困難な場所もありますので、空を飛んでもらいます」
「空? 俺はまだ飛翔術は習ってないけど?」
「御心配には及びません。 失礼いたします、【飛翔】!」
清宗坊が翔鬼を羽団扇で扇ぐと、翔鬼の体が宙に浮いた。 ほんの30~40㎝ほどだが、初めての宙に浮く感じがたまらない。 息ができる水の中のようだが圧迫感もなく柔らかい何かに包まれているようだ。
「わぉ!! 浮いたぞ!! これなら朱雀に教えてもらいに行かなくてもいいんじゃないか?」
「恐れながら、これは羽団扇の力で一時的な物。 特に初めての御方には、制御が難しいため一人で飛ぶことはお勧め致しかねます」
「そうなのか?」
「残念ながら··· 僭越でございますが拙者が手を引いてお連れいたします」
清宗坊が手を出すと、白鈴が先に翔鬼と手をつないだ。
「私が連れて行くわ。 貴方は先導してくれる?」
「あ···それは有難く存じます。 それでは···」
清宗坊は背中の大きな翼を広げてフワリと飛びあがる。 白鈴も翔鬼の手を引いてゆっくりと飛び上がり、白狼が続いた。
「どう? 空の気分は?」
幽鬼に見つからないように空高くに飛び上がる事はないが、高い木々の間を縫うように進んだ。
「気持ちいい~~! アトラクションの3Dライドより凄いぞ!! ヒュ~~~!!」
何のことだか分からないが、翔鬼が楽しそうなので白鈴も嬉しい。
「でも、あんまり大きな声を出さないでね」
「あ···すまん」
翔鬼は声を出さずに楽しんだ。
すぐ横を白狼が飛んでいる。 急な上り坂になっている木々の間を通り抜け、時には体を横向けて木と木の間をすり抜け、近くなったり遠くなったりしながら並走している。 そして白癒羽からか白狼自身からなのか、薄暗い森の中に僅かに白い光の尾を残しながら飛んでいる姿は、とても幻想的で美しい。
翔鬼は白狼に親指を立てて見せた。 以前から見せていた事もあり、白狼はその意味を知っている。
白狼は口の端でニッと笑ってみせた。
『白狼のあの笑い方、クールでカッコいい! これから俺もあの笑い方でいこう!』
翔鬼は心の中でこっそりと決意した。
しばらく森の中を飛んでいたが、突然目の前が開けた。 今まで飛んでいる時に聞こえていた飛ぶときに起きる風で草葉が揺れる音が突如消え、シンと、静寂に包まれたまま眩しい太陽の光の中に飛び込んだのだ
そこは大きな谷だった。 幅も深さも100m以上ありそうで、深い谷底には巨大なヘビが横たわっているようなクネクネした流れの川があり、一瞬自分達の影が水面を横切るのが見えて、翔鬼はまた大声を上げそうになるのを耐えた。
「凄い······キレイだ···」
直ぐにまた森の中に飛び込み、しばらく下って行くと、木々の奥に滝が見えた。 20~30mほどの大きな滝···? その滝つぼの縁の大きな岩の上に清宗坊が舞い降りたので翔鬼達も続いたが何かが変だ。
「滝だ! 滝? 滝だよな? 滝なのか? どうなっているんだ?」
滝なのに水が流れていない。 当然滝の爆音もない。 ただ、滝のように上から流れ落ちてはいないが、そこには水がある。 要するに水が宙に浮いて止まっているのだ。
「どうして水が下に落ちないんだ? おかしいだろ?」
清宗坊はそう言う翔鬼を不思議そうに見つめ、白鈴がフフフと笑う。
「あちらでは水は流れるものだったわね」
「白鈴はあっちを知っているのか?」
「遠い昔に四神で何度か行った事があるわ。 あちらの川は流れているし、滝の水は凄い音を立てて落ちてくる。 海には大きな音を出しながら大きな波が寄せてきて、雨は桶でぶっかけたような水が降ってくる。 初めは私も驚いたわ」
清宗坊はその話を「ほぉ~~」と、感心しながら聞いていた。
空を飛んでみたい( ̄0 ̄;)




