翔鬼と白狼 第一話 神木翔太
多くの妖怪が出てきますが、言い伝えとは違う容姿や能力、そして設定も独自の解釈ですので、ご了承願います。
翔鬼と白狼
「翔太殿、言霊という言葉を聞いたことがありますか?」
青龍が突然聞いてきた。 四神の青龍といっても、今は力を奪われ、蛟というヘビのようでもあり水竜のようでもある青っぽい妖怪の姿になっている。
《言霊 言葉に宿る霊的な力。 言葉の魂とも言い、発した言葉通りの結果を現す力がある》
翔太の中に有る[知識の本]が教えてくれた。
「うん、多分分かるけど?」
知識の本が教えてくれたが11歳の翔太には、正直な所もう一つ意味が分からない。
「人間や犬は人ならぬ姿にならなければ、この妖界で過ごすのは難しいと思われます」
「うん。 それは聞いた」
「言霊の力を使い、新たな名前と姿を授けましょう。 ただし、本当の名前を呼ばれてそれに返答すると言霊の力が切れて元の姿に戻るので、お気を付けください」
「翔太って呼ばれても返事をしなければいいんだよね」
「そうです。 ではいきます······翔太様は···【翔鬼】という名前を授けます」
すると【翔鬼】という文字が目の前に浮かび、翔太の体の中にスッと入っていった。
その途端、翔太の周りをフワッとした光が包んだかと思うと、体がみるみる大きくなり、身長2mほどの引き締まった体で、今まで着ていたTシャツと半パンが着物風の赤い服に変わった。
そして口元から下向きに牙が生え、額に三本の角が生えている鬼になった。 鬼の中でも鬼神という種類の鬼で、ただの鬼より一ランク上だ。
「わぉ!···えっ?···わぉ!!」
自分の変化に驚いて出した自分の声が、野太い声になっていることに再び驚いた。
「シロ見て! 凄い!! 角が三本もある! 牙もある! でっかくなった! 声変わりしもたぁ!」
「これは驚いたな。 不思議な世界だ。 こんな事まで出来るとは···匂いまで変わっている。 これが鬼の匂いか···」
ホワイトシェパードのシロは翔太の匂いを嗅いでみた。 今までに嗅いだことのない不思議な匂いだ。
「次はシロ殿です。 シロ殿には······【白狼】という名を授けましょう」
【白狼】という文字が目の前に浮かび、シロの体の中にスッと入っていった。
するとシロの体がフワッと光り、大型犬のホワイトシェパードのシロの体がムクムクと大きくなり、更に2周りほど大きい真っ白い狼の姿になった。
そして顔と足には不思議な青い模様が描かれていて美しく、なぜか額には青い勾玉が輝いていた。
第一話
――― その日の朝 ―――
あと一週間で夏休みも終わるという日の早朝。 外ではセミが夏の終わりを惜しむように、うるさいほどけたたましく鳴いている。
「じゃあ、行って来るわね、翔太···本当に一人で大丈夫?」
「お母さん、心配いらないよ」
この少年は神木翔太。 小学五年生。 3歳の時から空手と剣道を習っている。
父親は翔太が8歳の時に交通事故であっけなく他界した。 そのため母親は結婚した時に辞めた仕事に復帰し、たった一人で働きながら翔太を育てている。
母親は服飾デザイナーをしているのだが、今日から3日間、研修と買い付けのためにパリに出張しなければならない。 今日が8月23日だから、帰ってくるのは8月26日の夜になる。
「昨日のハンバーグとあなたの好きなカレーが多めに冷凍してあるから温めて食べるのよ···野菜もちゃんと食べてね! 足りない物はコンビニで買ってね」
「それは母さんの方だろう? 母さんは仕事を始めると、ご飯を食べるのを忘れるから、ちゃんと食べなきゃダメだよ」
「···そうね···気をつけるわ」
母親は長い髪をかき上げて、首の汗を手で拭き取りながら悪戯っぽく笑ったかと思うと、急に真顔になりウルウルした目で翔太を見つめた。
『またか···』と、翔太は少し体を硬くする。
母親は長い髪をフワリと揺らすと、ガバッと翔太を抱きしめた。 シャンプーと化粧品の匂いが鼻をくすぐる。
毎回行われる儀式みたいなものだった。
「翔太ぁ!······離れたくないわ···行くのをやめようかしら···シロもいないし、心配だわ」
翔太の家では犬を飼っている。 父親が他界した時にぽっかり空いた家の隙間を埋めるかのように、ある日突然、母親が犬を抱いて帰ってきた。
ホワイト・スイス・シェパードという種類の真っ白い大型犬はシロと名付けられた。
あっという間に翔太よりも大きくなったが、特に躾や訓練をした訳でもなかったにも関わらず、とても穏やかで賢く、いつも翔太の傍らにいた。
しかし、1ヶ月前から姿が見えなくなったのだ。
放し飼いという訳ではないが、シロにとって庭の柵はあってないようなもの。 家にいたはずのシロが翔太の学校の門の前にチョコンと座って待っていたり、いなくなったと思っても夕方にはいつの間にか庭にいたりする事はよくあったのだが、戻ってこなかったのは初めてだった。。
ずいぶん探し回り、張り紙も貼りまくった。 保健所や保護団体にも問い合わせたが、ホワイトシェパードを保護したという答えが帰ってくることはなく、未だにシロは戻って来ていないのである。
翔太はまだ自分より背が高い母親の背中を、優しくポンポンと叩いた。
「はいはい···早く行かないと遅れるよ」
「···そうね···」
母親は名残惜しそうに体を離し、時計に目をやってからスーツケースに手をかける。
「じゃあ···行ってくるわね。」
「うん、行ってらっしゃい」
翔太はニッコリ笑って小さく手を振った。
ドアを開けると、朝だというのにムッとする熱気が入って来て、母親は一瞬ためらってから外に出た。
「じゃあ···本当に行ってきます」
「うん、本当に行ってらっしゃい」
翔太は遠ざかって行く母親の車の音が聞こえなくなるとふぅ~と、溜息をついた。
「ハンバーグを作ったのも、カレーを作ったのも僕だし···」翔太は苦笑いしながら奥に入って行く。
母親は翔太の為だと言って、いつも定時で帰宅していたのだが、結局家に仕事を持ち込み、遅くまで仕事を続けた。 その為、気づけば元々家事の苦手な母親の代わりに翔太が主夫をする羽目になっていた。
翔太が小さい頃はもちろん母親が料理をしていたが、翔太が三歳になった頃から「一緒に料理をしましょう」と、遊び感覚で一緒に料理を作るうちに、いつの間にか料理も翔太の仕事になってしまっていた。
家では、仕事をしている時以外はだらしない母親だが、時には父親のように、時には友達や恋人だったりする母親を、翔太は大好きだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
翔太はあと少しで終わる夏休みの宿題のプリントをリビングのローテーブルに広げた。
自分の部屋も机もちゃんとあるのだが、小さい頃から遊びも勉強もここでしている。
扇風機の風が宿題ドリルのページをピラピラ捲る。 暑さでじっとしていても汗が流れてきた。
ふと顔を上げて時計を見るとすでに12時を過ぎている。 ドリルの上にペンを置いてキッチンに行き、冷凍しておいたカレーを温めて食べた。
カレー皿を洗いながら我ながら上出来と自画自賛する。
リビングに戻って宿題を広げてあるテーブルの前に座ったが、辛いカレーを食べたせいもあり、汗が噴き出る。
翔太はチラリとエアコンに目をやった。 暑いのは嫌いだがエアコンの機械的な涼しさはもっと嫌いだ。
しばらくドリルと睨み合っていたが、思い立ったように起き上がる。
「アイスを買いに行こう!」
翔太は二階の自分の部屋に行き、引き出しの中の小銭を貯めているカンカンの中から適当にお金を取り出して左のポケットにねじ込んだ。 そして机の上に置きっぱなしにしていた携帯を手に取り時計を見ると[12:59]から、ちょうど[13:00]に表示が変わった。 そして携帯を右のポケットに入れてバタバタと階段を降りていった。
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