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第46話 あと六つ


 列強の大使館を義和団と清朝正規軍が攻め立てており、夜間でも砲撃の音が聞こえることがある。いまも数発の砲撃の音が響いていたが、ナキリの耳には届いていない。


 ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう!


 トウショウの野郎、お情けで生かしておいてやったのに、俺の命を二つも削りやがった。油断していた。トウショウなんぞ、頭数に入っていなかった。だが、もう油断しない! 必ず殺してやる。


 そう思いながら、疾風の如き速さで走り、北京から少し離れた廃村にたどり着くと、見捨てられた家々のひとつに潜り込んだ。


 とにかく一眠り、一休みしてからだ。そう思うところ、まだ油断があった。自分がどこへ逃げたかなどわかるまいと。だが、目覚めた時には、またひとつ命を削られていた。七星剣で胸を貫かれていたのだ。


「目が覚めたか?」


 冷たい声で言う男を睨みつけ、ナキリは鋭い爪を振るった。それは鎌鼬かまいたちのような風圧となってトウショウを襲ったが、七星剣を盾にして防がれた。


 寝台に起き上がると、四つ足の姿勢でナキリが吼えた。白い肌と牙が暗がりに浮かび上がる。ぐっと身を震わせて、その体が膨れ上がっていく。黒髪が伸び、全身を覆い始めた。その変貌を黙って見ている余裕はない。トウショウが獣と化しつつあった少女の首を切り落とした。


「あと四つ」


 その言葉には構わず、首と胴体を切り離されたまま化け猫に変貌を遂げた。伸びた黒髪が引き合い、首が元に戻る。怒りで我を忘れかけたナキリだが、無理やり押さえ込んで疑問を口にした。


「どうしてわかった? 気まぐれで逃げた途中にあった廃村だぞ」


「それはロンのおかげだ」


 現れたのは、ハクウである。


「お主は、化け物のくせに術に長け、呪符の効き目も薄いようだな。そのせいで、ロンが身につけていた呪符が腹に入ってしまっていることに気付かなかった。直接の恨みはないが、人に仇なす化物は滅するよりほかあるまい。我が愛弟子まなでしのためにも」


「道士風情が生意気な。おまえがトウショウの師匠か。面倒なことをしてくれたな。御礼に、その愛弟子をばらばらに噛み砕いてやる!」


 叫んで飛びかかった化け猫が空中で爆散した。胃の中にあった呪符をハクウが破裂させたのだ。


「あと三つ」


「黙れ!」


 我を忘れて怒り狂う。裸の少女が床に立ち、トウショウに燃えるような目を向けていた。


「よくもやってくれた。よくもやってくれたな。お前だけは、この手で殺してやる!」


「そうはさせません」


 言って、ソウが針を投げつけ、一瞬、体の自由を奪われたナキリは七星剣で胸を貫かれていた。


「あと二つ」


「黙れと言うんだ! ちくしょう、不死の体を奪い取ってさえいれば。後でと言わず、すぐに奪い取っていればこんなことには……」


 歯噛みしながら、ちらりと窓を見た。だが、その首が横を向いたまま斬り落とされていた。チャキチャキとはさみを鳴らすチヨである。

 

「逃げられるとでも思ったかい? 戦うか逃げるか、命を守るか守らないか、中途半端なことをするから、こうなる。ちょっと考えが甘かったね」


「あとひとつ。最後は俺がやる」


 トウショウが、落ちた首と胴体に近づいて、


「これで最期だ。化け猫から解放してやる」


と言うと、ナキリの首が目を開き、胴体に拾わせて勢いよく立ち上がった。


「くそったれ! さすがの俺もお終いだ。だが、トウショウ、お前だけは殺す。殺してやる」


 ぞわりと肌に触れるほどの気配だ。この大陸に満ちた怨嗟の声を吸い上げるように、ナキリの背中に黒々とした瘴気が集まっていく。


 一声吼えて飛びかかろうと身を沈めたその背中に、深々と鋏が突き刺さっていた。集まっていた瘴気が消え失せていく。


「縁切り鋏とは、よく言ったもんだ。死人は死人らしく。おとなしく死んでいるんだね」


 チヨの言葉を聞きながら、宝具を突き立てられて動けないこと、逃げられないことを悟った。表情を和らげ、近付いてくるトウショウを見つめていう。力強く、優しく、切ないナキリの声で。


「ねえ、抱いてくれないの? 私が綺麗じゃないから? 私が汚れているから?」


「違うよ、ナキリ」


 言って、最期の一撃を見舞った。


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