第44話 お節介で心配性な……
ソウに向かって襲いかかった化け猫の顎に掛かり、食い千切られた体が、ばらばらになって床に落ちた。
「はっ、邪魔しやがって! どいつもこいつも胸糞の悪いやつらだ」
言い捨てて逃げ出したナキリの背後で、ようやく悲鳴があがった。食い千切られたのは妹を庇ったロンの体だった。悲鳴をあげてへたり込んだソウが、兄様、兄様と繰り返しながら、散らばった手足、胴、頭、臓物を拾い集める。誰も声をかけられずにいる中、
「もういいだろう」
と、ロンの声が聞こえた。幻聴ではなく、拾い集められた物が口をきいたのだ。
「おまえも、もう大きくなった。俺が見守る必要もない。さよならだ」
「い、いやよ。兄様までいなくなるのですか?」
「誰しも、いつかは死ぬ。ハクウ、おまえからも言ってやってくれ。そろそろ俺を眠らせてくれと」
呼ばれたハクウが、ばらばらの死体を見下ろしながらいう。
「荒削りだが、半神半鬼の法か。お主の冷たい手は、まさしく死者の手であったか」
「そうだ。鬼と化したヤジに祖父が殺され、滅しようとして返り討ちにあった。その時、俺も死ぬはずだったんだ」
「それを、私が禁術で現世に留め置いたのです。だって、父母を亡くし、祖父に引き取られ、優しかったヤジさんが鬼となってその祖父を殺した。あげく、兄様まで死にかけて。禁術だろうが何だろうが、見様見真似で祖父の術を思い起こしながら使ったのです。それがいけませんか?
何が起ころうと、兄様を現世に留められるなら。そうであれば。禁術でも、呪いでも、外法でも、何だって構わない!」
口中で呪を唱え始めたソウの両肩を、チヨががっしりと掴んだ。
「もうやめな!」
「離してください! 兄様にかかっている術は不完全なものなのです。早くしないと魂が体を離れてしまう。兄様だって、死にたくないんだ!」
「そうだね。誰だって死にたくないさ。それも可愛い妹を残して。だが、本当はもう死んでいるんだ」
ソウの首根っこを掴んで、臓物と肉片の山に目を向けさせる。
「ごらん、兄様は不死になっているんじゃない。死ねずにいるんだよ。あんたは誰よりも自分のために、ロンを死なせてやれなかったんだ。違うかい?」
「私はただ……」
「自分が禁術で生かされていることは、なんとなくわかっていたよ」
と、ロンの肉片が話す。「これでも道士の端くれだ。自分が、いつ自分でなくなるかと不安だった。俺に触られるのが嫌だったのは、冷たい手が死を思わせるからだろう?」
「いえ、単に嫌だったので」
涙を浮かべながらも、きっぱりいう。
「そ、そうか。おまえも、もう子供じゃない。俺がいなくても大丈夫だ。聞いているか、ハクウ? こいつは強いようで弱い。もう少し支えてやってくれ。もちろん、女としてはダメだ。おまえにはやらん。心配だからな。ソウがじゃないぞ。おまえのことが心配だからだ。相当なじゃじゃ馬だぞ」
ひとしきり笑うと、静かな声で続ける。
「ソウ、ハクウを頼れ。ハクウ、ソウを頼むぞ。俺がいなくなっても好き嫌いせずに飯を食え。悪い男に引っかかるなよ。もう旅はやめて村へ帰れ。ちゃんと洗濯もして、面倒がらずに髪も整えるんだぞ。縁談があればハクウに相談しろ。間食ばかりすると太るからな。ちゃんと歯も磨いて……」
と、肉片が沈黙し、血の滴るそれを搔きいだくようにして、ソウが声をあげずに泣いた。




