第42話 化け猫の本性
北京郊外の屋敷だ。バンカに連れられてきたナキリの前に、チヨが静かに立つ。
「どうやら、寸劇は終わりのようだね。久しぶりじゃないか。義和団の紅灯照には、おかしな術を使う者がいると聞いたが、あんたのことかい?」
「そうだ。いまは二仙姑と呼ばれている」
愛らしい顔を歪ませて、にぃと笑う。
「やはり、義和団に居たか」
トウショウがチヨの傍らに立った。「おまえを滅するのはこの俺だ。おまえはナキリじゃないんだろう? その顔と声と、そこへ置いて行け」
「そうだ、俺はナキリじゃない。まだ希望を持っていたのか? 残念だが、ナキリの魂は一片たりとも残っちゃいない」
声をあげて嘲笑する様子を、バンカが不安そうに見上げていた。
「師姉?」
「そういえば、バンカには言ってなかったな。俺は二仙姑じゃない。師姉でもないし、ナキリでもない。俺は……」
と、バンカを覗き込むようにする。その口が耳まで裂け、黒髪がざわざわと伸びて全身を覆った。そこに現れたのは、人の背丈よりも大きな黒猫だ。真っ赤な舌で口元をベロリとやる。
「俺は、化け猫さ。俺のことを優しいと思っていたろう? 姉のようだと思っていたろう? ヤジを喰うために、おまえに優しくしていたのさ。どうだ、理解できたかい?」
「そ、そんな」
「そんなことこそが、この憂き世のあり方だ」
一同を見回し、最後に、針を受けて動けないヤジに目を止めた。
「何やら、ヤジを喰らいやすくしてくれたみたいだな。その不死の体、いただくぞ」
屋敷の天井いっぱいまで大きく膨れあがった黒猫が、大口を開けてヤジを飲み込んだ。げぷり、と下品な音を漏らし、満足げに目を細めると、化け猫は、からからと笑ってみせた。




