第41話 約束できぬ
何を言っているのかわからないけれど、あの人たちが、父ちゃんをどうにかしようとしていることはわかる。師姉なら、二仙姑様なら、きっと何とかしてくれる。
そう思って、屋敷から逃げ出したバンカは、師姉とも二仙姑ともいう紅灯照の首領を頼った。
首領は、十七歳ほどの少女で、短く伸ばした黒髪と真っ黒な瞳が白い肌に映えて、一種、神仕えの巫女を思わせる。かつてナキリとも呼ばれていたその少女は、寝室に飛び込んできたバンカを抱きしめ、優しく話を聞き終えると、だいじょうぶよと柔らかく諭して立ち上がった。
バンカの先導を受けて屋敷へ向かうと、中からはソウとロンの騒がしい声が響いてきていた。
「ちょっと、兄様! 離してください」
「ダメだ。ヤジに手を出さないと約束してくれ。こ、こら、暴れるな。子供じゃあるまいし。ハクウ、手伝ってくれ。手を抑えて、ほら早く!」
「お、おお、わかった」
「ちょ、ちょっと。ハクウさんまで! やめてください。わかった、わかりました。とにかく一度、離してください。離して、離してっていうのに。あ、ちょっと、ハクウさん、どこ触ってるんですか!こ、こら、兄様も! どさくさに紛れて、こ、この!」
「ヤジに手を出さないと約束するか?」
「そ、それは」
「じゃ、ダメだ。離さないぞ」
ソウの体をギュッと抱きしめる。その手がハクウの手に触れた。氷のように冷たい手だ。ぎょっとしてハクウが手を引っ込め、バランスを崩した二人がひっくり返った。
「はわわ、兄様、重いです。どいてください。ちょっと、どこを触ってますか! やめなさい。こ、この、いい加減にしなさい!」
「ヤジに手を出さないと約束するか?」
問われても答えられずにいるソウだが、優しく、力強く、そして切ない少女の声が、
「そんなこと、約束できないよ」
と代わりに答えた。
紅灯照の首領にして、師姉とも二仙姑とも呼ばれる者、かつてナキリと呼ばれていた少女の魂を喰らい、取って代わった化け猫だった。




