第40話 招かれざる客
うなだれて動かないヤジと油断なく構えるソウを横目に、チヨはすたすたと歩いて壁に突き刺さった鋏型の宝具を引き抜いた。
「あたしが馬に乗れないと思ったんだろうけど、ところがどっこい、馬に乗るぐらい造作もない」
「おいおい、よく言うな」
と、トウショウが口を挟んだ。「ずっと俺に捕まって、ぶるぶる震えていただけだろう?」
「やかましい! この助平め。わざと荒く駆けさせて、あたしを抱きつかせようとしてただろ」
「普段と違う様子が面白くて、ついね」
「よこしまな気持ちは?」
それも少しと応じるトウショウの頭を叩きながら部屋を見回した。その目に映ったのは懐かしい恋人の姿だ。呼ばれて顔をあげたヤジは、しかし、チヨには目もくれず、バンカ、バンカと叫んで少女のもとへ走っていった。
無造作に走り寄ってくるヤジをロンが蹴り飛ばす。だが、すぐに立ち上がり、バンカ、バンカ、だいじょうぶかと声をあげながら走り寄る。そんなことが、何度も繰り返され、ロンがソウに向かって目で何かを訴える。チヨも目で訴えながらいう。
「もういいじゃないか。こいつは不死の男かもしれないが、もう鬼じゃない。そして、あたしの知るヤジでもない。そうだろう?」
「もういい? そう言うのですか? 許せと? 祖父と兄の仇を許せと?」
「俺も、もういいと思うよ。爺さんも、こんなことは望んでないんじゃないかな」
「私もそう思う」
「兄様! ハクウさんまで……」
自分を見つめる二人の目を見返し、唇を噛んで思い詰めたような声を絞り出す。
「たとえ、鬼であろうとなかろうと、天地万物の理に外れたモノをそのままにはできません。それも、それが、他ならぬ私のせいで生じたのであれば! すべての責は私が負います!」
再び懐から針を取り出すと、ヤジに向かって投げつけ、その動きを封じた。呪を唱えようとするソウの肩をつかみ、ロンが声を上げる。
「ソウ! もうよせ!」
兄妹が揉めている隙に、自由になったバンカが表へ駆け出して行った。




