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第4話 現地調達の夜


 港のゴロツキどもを返り討ちにしたチヨは、天狐の面を斜めにずらして素顔をさらすと、倒れている連中の懐を探り始めた。何をしているのかと、トウショウに問われて応えるに、


「なにっておまえ、心細い異国の地でこんな目に遭わされたんだ。ちょいと迷惑料くらいもらっても、バチは当たるまいて」


「いや、そりゃ強盗ってんじゃ?」


「強盗? なに言ってんだ。清楚な乙女を襲った連中と、どっちが悪者だい」


「そいつらかなぁ」


「そうとも。まあ、あたしも鬼じゃない、有り金の半分で許してやるさ」


 いまひとつ釈然としないトウショウである。一方、チヨは、手を動かしながらしゃべり続ける。


「思いつきで船に飛び乗ったからねぇ。いくらかの金は持って来たが、基本的には現地調達だ」


「昔の騎兵みたいだな。思いつきはいいが、どこか行くあてがあるのか?」


「あるよ」


 と言って差し出したのが一通の封書だ。中には手紙が入っているらしい。差出人の住所は、山東省は黄河沿いの一角にある寒村である。


「この村に恋人がいたってことか?」


「そうだねぇ。本当にいたのかどうか、死んでるのか生きてるのか、そいつを確かめに来たんだ」


「この村なら俺の街からそう遠くない。案内してやろうか?」


「そいつはありがたいが、若い男女の二人旅か。うまいこと間違いを起こそうって腹かい?」


「ば、ばか言うな。俺には、ちゃんと心に決めた人がいるんだ」


「そうかい、そりゃ残念だ。金も入ったことだし、宿へ行こうじゃないか。どこだい?」


「どこって、俺の宿か?」


「察するに、あんたも旅人だろ。間違いなんて起こさないってんなら、一緒に泊めてくれな」


「いや、それは、しかし……」


「なんだい、心に決めた人がいるなんて言ってたわりには、自分を抑える自信がないのかね」


「ち、違う! いいさ、ついて来ればいい」


 その夜、安宿の一室で互いのことをもう少し詳しく話した。トウショウは、もとは満洲八旗の一員ながら、清朝内外の混乱と疫病や洪水の影響で父母ともに流民となり、列強と清朝の支配地域の狭間で暮らしているという。

 一方、チヨは国元では有名な遊郭、吉原にいたという。遊女であることを隠さないチヨとは対照的に、トウショウはなにやら落ち着かない。そんな様子を見て面白そうにいう。


「まだ女を抱いたことがないね? いや、いいんだよ。それも想い人がいるからこそか。だが、あんたのことは気に入った。いつでも抱いてやるよ」


 そう言われて、さらに落ち着かないトウショウである。チヨが言葉を続ける。


「ふふん、純な男だねぇ。あたしは、抱かれる遊女じゃない。気に入った男だけを抱いてやるのさ。一夜限り、後腐れなしの一期一会だ」


「それはそれとして、探し人のことを教えてくれ」


 落ち着きを取り戻そうとして、トウショウが話を変えた。


「ああ、ヤジのことか」


「ヤジ?」


「そうだ。きちんと言うと、弥治郎だ」


「いったい、どういうわけで大陸に?」


「そうだねぇ。って、やっぱやめた。おいおい話してやるよ。そんなことより、あんたの想い人のことを聞きたいね」


 と、流民街にいる想い人のことを語らされた。散々からかわれ、そっちの話も聞かせてくれと思ったところが、チヨは、いつの間にか寝息を立てていた。


 長旅を終えて陸に上がったその日のこと。疲れてもいたのだろう。乱れた裾もそのままに、しどけなく眠っている。そっと裾を直してやり、トウショウも横になったが、隣から聞こえる静かな寝息が気になり、眠れぬ夜を過ごしたのだった。




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