第37話 妖異の住まう首都
哥老会からヤジの居場所について連絡があり、翌日には済南市を発つこととなった。しかし、チヨ、トウショウ、ハクウが目を覚ました時には、すでに、ロンとソウの道士兄妹の姿がなく。
二人は、北京へ向かう馬上である。勢いよく馬を駆りながら、並走する妹に向かってロンがいう。
「ソウ、本当に良かったのかな?」
「良いのです。チヨさんは、ヤジさんを滅することはできないでしょう。ハクウとトウショウはともかく、まさか馬に乗れやしないでしょうから。チヨさんが着く前に、すべて終わらせます。
ヤジさんの始末をつけるのは、私たちの、いえ、私の役目です。たとえ、誰に恨まれることになろうと、私は、私がしでかした事を清算しなくてはならない」
その横顔を見て、ロンは何か言いたげに、しかし、何も言わずに前を向いた。疾走する馬の背で、巻き起こる向かい風が乱暴に頬を叩く。
当時、北京は混沌とした状況にあった。
膨れ上がった義和団に占拠された状態で、首都としてまともに機能していたかどうか。
清朝の支配地域はあまりに広過ぎた。
雑多で、海千山千、酸いも甘いも噛み分けて、右を向きながら左に応え、拝謁しながら侮蔑し、手を握りながら裏切り、刺し殺しながら愛し、微笑みながら悼む。ひとつの頭に複数の手足どころか、複数の手足に複数の頭、斉天大聖孫悟空が身外身の術の如し。
扶清滅洋、すなわち清朝を助けて外国を討ち亡ぼすとの旗印を掲げる義和団も、大多数の実態は食い詰めた流民の群れに過ぎない。山東省では暴徒として取り締まられ、流れ着いた北京では、清朝自体が鎮圧か利用かで揺れ動いている始末だ。
実際、清朝軍を率いた将軍らにしても様々で、西域から来たムスリムの将軍、董福祥は排外主義的で、外国公使らの殺害に関わったというし、一方で、列強に勝てるわけがないと、戦後処理を見据えて、大使館を包囲しながら形だけの襲撃に終始した将軍もいた。
さらに、義和団を暴徒として鎮圧するべきと考えていた将軍、聶士成などは、義和団とともに外国の軍隊と戦いながら、同時に、略奪に走る義和団を取り締まってもいた。
政治的な駆け引きとしても、北京では外国人排斥を唱いながら、それ以外の地域では外国人保護に努める東南互保という地方的な取り決めもなされるなど多面的な動きがあった。複雑怪奇な国の在りようは混乱でもあり、一面では冷静で重層的な作りが清朝あるいは西太后という死にかけの巨人を支えていた。
ロンとソウが向かったのは、その奇怪千万、存在そのものが妖異のような清朝の中枢に位置する首都、北京である。列強八カ国への宣戦布告とともに、大使館の襲撃が図られている最中のことだった。




