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第34話 あなたと一緒なら


 済南市郊外で、慎ましくも平穏に暮らしていたバンカとヤジだが、ある日、その生活を捨て、義和団へ身を投じることとなる。


 瘦せぎすながら尋常でない力を持つヤジは、あまり言葉を知らず、子供のような振る舞いが目立った。それでも、市場での荷運びを軽くこなし、言われるがまま素直に働くので、仕事場では重宝されていた。


 また、バンカはヤジを父親のように慕い、二人は本当の親子のようだった。その日も、帰宅したヤジが、かえったよと声をかけた。


 しかし、返事がない。


 遊びと思ったのだろう。笑顔でバンカを探すヤジだったが、突然、見知らぬ男が襲いかかってきた。それは人さらいを生業とする男で、留守居のバンカを連れ去りにきたのだ。思いのほか早くヤジが帰ってきたので脅して逃げようとしたのだが、男が振るった刃物をヤジは避けようともしなかった。ずぶりと二の腕に入り込んだ刃物を不思議そうに見つめる。


 驚いたのは男の方だ。


 刃物を引き抜いても血が出ることなく、水を切ったかのように元へ戻り、傷跡もない。無造作に近寄るヤジを追い払おうと刃物を振り回す。その度に肉を斬る手応えはあるのに、それを気にする風でもなく伸びてくる腕に恐れを抱き、男は奥の部屋へ逃げ込んだ。

 そこには、後ろ手に縛られ、猿ぐつわをかまされたバンカが無造作に転がされていた。乱暴に立たせ、首もとに刃物を突きつける。近寄るなと喚くが、刃物の痛みを知らぬヤジはそのまま男に近づいていく。


 男の手に力が入り、震えてバンカの喉を浅く傷つけた。さっと血が吹き出る。


 それを見たヤジの表情が変わった。


 伸びた右腕が男の首を掴む。ぎりぎりと締め上げる力は並大抵のものではなく軽々と男を持ち上げた。すでに男の意識はない。それがせめてもの救いでもあった。ボキンと鈍い音がして首の骨が折れ、さらに、手の中で、グシャリと肉の潰れる音がした。


 男の首と体は、それぞれ自由になった。


 勢いよく吹き出した血がバンカに降りかかり、その喉元にヤジの腕が伸びていく。縛られて自由の効かない体を震わせて声を出せずに泣いていた。しかし、ヤジの腕は喉を締め上げなどせず、猿ぐつわを解き、血まみれの手のひらで頰をなでた。


「チヨ、どうした? ないてる?」


「チヨじゃない。バンカだよ」


「バンカ」


「そう。バンカだよ。父ちゃん」


「バンカ、バンカ、バンカだ。どうしたバンカ? なぜなく? なくな、バンカ」


 手のひらでバンカの涙と鼻水を拭き取ろうとするが、赤黒い血が混じってしまう。


「もうここにはいられないね」


「どうして? ここはよいところ」


「義和団に行こう。あそこなら食べていけるから」


「わかった。いっしょならどこでもいく。バンカは頭がいい。いっしょにごはんを食べよう」


「そうだね。父ちゃんと一緒なら、私もどこでも行けるよ」


 血と涙と鼻水まみれの汚い顔で、バンカが、にこりと笑ってみせた。


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