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第30話 平和な時


 鬼の足跡が明らかになりつつある。それを追う者たちは、とある出来事を機に済南市で再会することとなるのだが、これはその何かが起きる前の話だ。


 バンカは、自分が捨てられていたという済南市へたどり着いた。幼い少女一人では、途中で野垂れ死んでいただろう。そうならなかったのは、ヤジが食わせてくれたからだった。路傍で飢え死にしかけていた時と違って、その目に光が宿っていた。

 動物を狩っては、血から臓物から無駄にすることなく処理していく。遊牧民のもとで過ごした経験が自然とそうさせるようだった。


 しかし、相変わらず何も話さない。

 こちらが言うことは理解しているようだったが、まともな返事が返ってくることはなかった。


 ただ、バンカを見ては、チヨ、チヨと呼んで嬉しそうにしていた。何度も違うと伝えたが、効果もなく、そのまま呼ぶに任せている。逆に、ヤジの名前がわからず、なんと呼べば良いかと思いつつ、我知らぬ父親を重ねて、父ちゃんと呼んでいる。

 そのことに特に不満があるようでもなく、バンカの求めに応じて肩車をしたり、負んぶをしたり、その様子は本当の親子のよう。

 済南市に着いた頃には表情も戻り、にこにこと簡単な挨拶や返事くらいはできるようになっていた。幼な子が言葉を覚えるかのように、少しずつ。


 旅をする中でわかってきたのは、ヤジが尋常でない腕力と体力の持ち主ということだった。痩せて骨張った体のどこにと思うほど力強く、疲れを知らない。


 二人は働き口を探し、住む所を探し、済南市郊外に生活の場を築いた。市場での荷運び中心で、さほどの収入があるわけでもないが、仲の良い親子のように穏やかな日々を過ごしていた。しかし、平和な時は、そう続くものでもない。


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