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第3話 仮面の下


 あでやかな着物に天狐の面と、異様な風体ながら、見目麗しく男の目を惹きつける女だ。年の頃は二十歳はたちを少し過ぎたところか。


 清朝末期、異人の出入りも多い上海の船着場とはいえ、ひときわ異彩を放つ格好である。みとれちまった男に向かってその女がいう。


「ありがとよ。あたしは、ずっと遠く東の果てから来た。チヨと呼んどくれ」


「あ、ああ、俺はトウショウだ。えらく目立つ格好をしているな。そいつは……」


と話を続けようとしたところ、なにやら邪魔が入ったようで。話を遮ったのは港で働く荒くれ者たちだ。先ほど追い払った悪童もついてきている。首領格と思える男がいう。


「おかしな格好をした女がいるというから来てみたが、なかなかどうして上玉じゃないか」


「お気に召したようで何よりだ」


「物分かりも良さそうだ。まあ、悪いようにはしない。軽く酒の相手でもしてくれや」


 と、チヨの手を取って連れて行こうとしたが、パシンとその手を払って言うに、


「やなこった。一人でマスかいてな」


 思わぬ態度と返答に、首領の顔が怒りに染まった。仲間に指示して、チヨを取り囲もうとする。


 トウショウが割って入り、馬鹿な真似はよせと男どもを遠ざけようとするが、一人、二人とはあしらいつつも、五人、六人と来ては捌ききれぬ。


 何人もの男に押さえつけられ、殴られ、地べたに転がされた。他の男どもは、嫌がるチヨの腕を掴んで、どこぞへ引きずって行こうとしている。


 と、チヨの腕を掴んでいた男がコロンとひっくり返った。さらにもう一人、フワリと舞い上がったかと思うと、背中からドスンと地面に落ちた。


「やれやれ、かよわい女でいられるところだったのに。無粋だねぇ」


 との言葉に、仲間が投げ飛ばされたことに気付いた男たちが向かっていく。天狐の面を被って仁王立ちの女を警戒しながら、しかし、所詮は女の細腕とみて襲いかかった。


 軽く地面を蹴る音がして、チヨの体が空高く跳び上がる。着物の裾から白い足が見え、思わず目をやった男どもだったが、尋常でない跳躍に目を見張った。次には落ちてくる足に顔面を踏みつけられる。

 五人、四人、三人、二人、一人と、顔面を代わる代わる踏みつけられた。心なし、幸せそうな表情で仰向けに倒れる。


 残ったのは、悪童たちと首領のみだ。


 並みの女ではないと気付いたが、首領にも面子がある。悪童らをけしかけながら、自分もチヨに向かっていった。


 しかし、天狐の面をつけ、派手な着物姿のチヨを誰一人として捉えられない。差し出される手を避け、足を避け、身をかわす様子は、ひらひらと舞っているかのようである。呆気にとられて見ているトウショウに、息ひとつ切らさず、チヨが話しかける。


「さっき何か言いかけてたね。なんで、こんな格好をしてるのか、ってんだろう?」


 喋りながら、悪童たちを放り捨てていく。


「吉原で天狐の面を見つけてね。それを持って月を見ていたら、無性に旅に出たくなったんだ。着の身着のまま飛び出してきた」


 ペラペラしゃべる様子に腹を立て、首領が匕首を取り出した。鋭く突き出すが、チヨの体に触れることはなく、持ち手を捻られ、匕首を落としたところが、そのまま手を取られて地面に叩きつけられた。


 ぐぅ、と唸って動かなくなった首領の背中にチヨが腰掛ける。周りには、他の男連中や悪童たちもゴロゴロと倒れている。


 天狐の面を被って腰掛けるさまは神霊か妖か。割れた片目の部分だけが、この世とつながっているかのようだった。割れた穴の先、チヨの目を見つめながらトウショウが聞く。


「ここへ、いったい何をしに来たんだ?」


「探しに来たのさ」


「探しに? なにを?」


屍人しびとだよ。死んだ恋人を探しに来たのさ」


 ニヤリと笑ってみせるが、すれた笑みを浮かべる瞳の奥で、幼い少女が泣いているように思えた。


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