第29話 行方知れずの先
大陸に根を張る結社、哥老会から、教会にいるバンカという孤児に会えば、ヤジの行方もわかろうという話を得た。だが、目当ての教会を訪ねたところ、
「バンカは、行方知れずです」
との冷たい返答であった。
哥老会の連中、俺たちをからかったのかとロンが憤るのも無理はない。行方知れずのバンカに会えれば、行方知れずのヤジに会えるなどと、人を馬鹿にするにもほどがある。
妹のソウは、冷たい返答を寄越した年増の修道女を見つめながら、
「行方知れずとは、どういうことです?」
と澄んだ真っ直ぐな目で問いかけた。息を呑むようにして修道女が語ったのは次のような話だ。
バンカは、もともと済南市の郊外、路傍に捨てられていた孤児なのだという。子殺しに遭わなかっただけましだったのかどうか。紆余曲折を経て、上海の教会が営む育嬰堂にたどり着いた。まだ十に満たぬ幼さながら、聡明な少女らしい。
数ヶ月前、養子の口があって北京へ送られる途中、教案に巻き込まれて以降、行方知れずだとか。話し終えても黙ったままのソウに向かって、言い訳でもするかのように話を付け足す。
「あの子は聡明すぎました。北京の有力者から養子の話があったのですが、本人は嫌がっていたんです。何年か経てば、贈り物代わりに何処かへ嫁がされる、結婚の駒にされることがわかってしまっていた。
路傍で虫けらのように死ぬよりは、ずっとか幸せでしょうに。あるいは上海の工場で死ぬまでこき使われるのに比べれば。ねえ、そうでしょう?」
問いかけに、ソウは何も答えない。少し間をおいて苦しそうに話を続ける。
「あの子は、教案を機に、自分の意思で逃げ出したのかもしれません。たとえ野垂れ死ぬことになっても、そうしたいと思ったのでしょう。済南市へ立ち寄っているかもしれない」
言い終えて、何かの言葉を期待しているかのような修道女に、ソウは黙礼を与えて立ち去った。その後をロンが急いで追いかける。
「どうしたんだ? あれじゃあ、まるで……」
「あの女は責めてほしかったのです。だから私は何も言わなかった。人の幸せは人が決めてはならない。何が幸せなのかなど、誰にもわからないのです。耶蘇教の教祖は、磔にされて幸せだったのでしょうか」
「小難しいことはわからないよ。何が目的であれ、おまえと旅をするのは楽しいと、そう思う」
「では、哥老会の連中が言うように、バンカのあとを追ってみましょう。私たちを小馬鹿にしながらも決して嘘は言っていない。自分たちの力を示し続けていたいのだから。おそらく、バンカとヤジは一緒にいるのだと思います。まずは済南市へ行きましょう」




