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第28話 哥老会の誉れ


 遊牧民の族長がヤジらしき者の話を語っていたころ、列強の共同租界が広がる上海で、ロンとソウの兄妹も鬼の足取りを探っていた。


 上海に来たのは、旅先で知り合った哥老会かろうかいの者から、金を払えばたいていの情報は手に入ると教えられたからだ。


 共同租界では異人が大手を振って闊歩しており、中国人は三等市民の扱いである。ただし、それは表の世界での話だ。裏の世界では、やはり数と力が物を言う。ここは異人たちの故郷ではなかった。


 一般的な集合住宅である里弄リーロンの一角。緊張した様子のロンとソウに向かって、優しげな風貌の初老の男がいう。


「可愛らしい道士様だね。哥老会の力を借りたいなど酔狂なことだ。私が言うのも何だが、やめておいたらどうだ。汚れるぞ?」


「構いません」


 まっすぐな目で、ソウが対峙する。


「あなた方は大陸に根を張るようにして、どこにでも耳目を置いていると聞きました。私たちがなぜ旅をしているかも御存知でしょうが……」


「抜け抜けと、我々を試すようなことをいうじゃないか。気に入ったよ。上物の阿片がある。まずは一服どうだね」


「結構です」


 ぴしゃりとした物言いに、壁際に立っていた別の男がゆらりと動いた。しかし、初老の男に手で制されて、再び壁際へ戻る。


「その揺れぬ心は、道士としての修行によるのかね。それとも、お兄さんに対する信頼の表れか。よろしい。鬼になったという男の行方だろう? 心当たりを一つやるから、こちらの願いも聞いてもらおうか」


「無体なことでなければ」


 非合法な結社、哥老会の幹部を前に物怖じせぬソウだが、隣ではロンが冷や汗を流していた。


 頼まれたのは教会への伝言だった。いついつに襲撃があるから、そのころには留守にしておけというもの。警告のような、脅迫のような文言である。


「哥老会は、耶蘇やそ教を仇としていると思いましたが?」


「ああ、表向きはそうだ。耶蘇教の教会では、孤児を集めて、その目玉や肝臓を薬にしている。あるいは凌辱し、肉を喰らう」


 と、言葉を切って。


「……などという妄言を、我々が信じていると思うかね。もちろん、信じている馬鹿がいないとは言わないが、内情は複雑なのさ。

 列強に反発しながら利用し、教会を襲撃しながら救う。妄言を吐きながら、否定する。一人の人間の中に、正邪、真偽、悲喜交々あるように、混沌としていてこその生きた組織だ。

 鬼の行方くらい容易に探れる。ちょうど伝言を頼もうとしていた教会と関わりがあり、それを縁と感じたから教えてやるのだ。だが、二度とは来るな。次に来れば、道士様であろうと化け物であろうと……」


 と、目を細めて話を終えた。


 聞いた話では、上海の耶蘇教の教会へバンカという孤児を訪ねて行けと。その者に会えば鬼にも会えるだろうという。名前のほかには何もわからぬまま、二人はバンカを訪ねて教会へ向かった。


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