第26話 飢えて死にゆく
鬼とは死者のことをいう。
その漢字は象形文字であり、仮面を被って舞う巫女の姿を模し、この世ならざるものを現す。
地の底より陰の気を、天上より陽の気を。混ぜ合わせて、陰陽の気となす。これを半神半鬼の法という。陰陽の気を持つもの、即ち人なり。
天地万物の理に反し、鬼籍に入らんとする者を現世に留める禁術ゆえ、安易に使うことなかれ。
「梅花神姫評伝」より
さて、禁術により不死の鬼となった男、多くの人々に追われるヤジであるが、不死と言いつつ、いまや飢え死にしかけていた。
容易には死なぬ体だが、食わねば死ぬのだ。どんな化け物であろうと、活力を失えば滅びるも道理。なぜ斯様なことになったか、それは追々語られよう。いまは飢えて死にゆくヤジのことである。
人気のない街道脇で雨に打たれながら、ヤジは死を待っていた。昔、暗い土の下で息を吹き返し、無我夢中で突き出した手が旅人の足を掴んだことを覚えているのかいないのか、その目には希望も絶望もない。
ただ、腹が減りすぎて動けない。
そこへ少女が通りかかった。名をバンカという。仔細あって耶蘇教の教会から逃げ出し、行くあてもなくさまよっていた。まだ十にもならぬが、このままでは野垂れ死ぬことがわかっていた。懐には、わずかな金とパン1斤があるのみだ。
道端で仰向けに倒れているヤジを見て、警戒と困惑の表情を浮かべる。
賊の類いではなさそうだが、着ている服はぼろぼろで、髪も髭も伸び放題。雨に打たれたまま動こうともせず、生きているのか死んでいるのか、知らぬ顔で行きすぎるのが賢明だ。
しかし、まだ死んではいなかった。繰り返し、何事かつぶやいている。立ち去り難く様子を窺っていると、雨足が弱まり、日の光が差し込み始めた。ずぶ濡れの少女と男を温かく照らし出す。
日の光に押されるように、そっと男に近づいた。
ずっと同じ言葉を繰り返していた。異国の言葉で、バンカにとっては意味をなさない。意を決したように、男に声をかける。
「どうしてこんなところで寝てるの?」
その返事は腹から聞こえた。バンカも空腹を思い出し、油紙に包んだパンを取り出した。男の鼻がピクリと動くが、食べるかと聞いても返事はない。
パンを半分にちぎり、少し迷ってから、大きい方の塊を男に差し出した。その手がゆっくりと動いてパンを受け取る。一口かじると、むせ込みながらも勢いよく食べだした。名前や住んでいる所を聞いてみるが、男は何も言わない。それ以上聞くことを諦めて、じゃあもう行くねと、その場を後にしようとすると、男が立ち上がって後をついてくるではないか。立ち止まると男も立ち止まり、歩き出すと男も歩き出す。
「一緒に行きたいの?」
問いかけても返事はなく、無表情に見つめてくるだけだ。気味が悪いといえば気味が悪い。だが、なぜか不安を感じることもなく、自分が野垂れ死ぬことなど決してないような気がしてくるのだった。




