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第18話 昏い魂


 俺は、おまえが福猫と呼んだあの黒猫だ。だが、ナキリでもある。少なくとも、この体は確かにナキリのものだ。わかるだろう? 柔らかい体、ふわりとした黒髪に力強い瞳、これが嘘ではないということが。


 この娘の魂は、俺が、あまりなく喰った。

 凍える魂の在りかは、俺にとっては居心地の良い、荒涼として殺伐としたものだったよ。いいか、ナキリを追い詰めたのはおまえだ。魂を喰われ、体を奪われたのは、他でもないおまえのせいだ。


 故郷を離れ、流民となった日、ナキリの弟が死んだ。おまえも知っているだろう? 誰も触れようとしないが、弟が死んでいる。病気だっただと? そうさ、たしかに病気で死んだ。直接的にはな。


 匪賊の一団が村に迫っていた時のことだ。病で死にかけの弟と、ほかに幼い弟妹を抱えて、ナキリは途方に暮れていた。病の弟は寝台から動かせるような状態ではない。だが、逃げ遅れれば、凌辱され、殺されるだろう。下の弟妹を死なせるわけにもいかない。


 そんな折、病の弟を恨みはしなかったか、心の片隅で、死んでくれればと思いはしなかったか。願いが通じたのか、匪賊から逃げ出せるギリギリの時に弟は息を引き取った。


 これで逃げられる。そうだろう?


 ところが、下の弟妹を連れて逃げ出そうとした時、死んだはずの弟が息を吹き返した。その呼吸の音に、ナキリだけが気付いたんだ。その音を、聞こえなかったことにした。


 笑えるじゃないか。


 死にかけた病の弟と、幼い弟妹、そして自分の命を天秤にかけて見殺しにしたんだ。この娘は、ずっとそのことを悔やんできた。明るく弟妹思いの姉を演じながら、それが嘘だと自分でわかっていた。


 だから、お前に好かれることが辛くて仕方がなかった。好かれれば好かれるほど、自分を呪い、世を呪い、死んだ弟を呪った。


 家族思いの優しい娘と思っていただろう?


 違うんだよ。こいつは、我が身可愛さに弟を見殺しにしたんだ。病で死にかけ、しかし、息を吹き返した弟を。嘘の自分を愛されて、愛されることを否定しながら、一方で嬉しく思う自分をまた否定して。純粋であたたかな魂が、後悔と自責の念で昏く濁っていった。私はそんなに綺麗じゃないとつぶやくたび、自らの魂の昏さを思っていたんだ。


 理解できたかい? この魂を昏く貶めてくれたことに感謝しながら、じっくりと殺してやるよ。


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