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第16話 ざらついた口付けを


 わずか数日の旅とは言え、治安も悪い時代のこと。トウショウの両親は大げさなほど息子の帰りを喜び、チヨとの再会も祝してくれた。早くに床につかせてもらい、久々に屋根の下での心地よい眠りである。


 ところが、その夜遅く、夢うつつに声が聞こえて目覚めると室内に人の気配があった。窓から差し込む星灯りに、柔らかな影が浮かび上がる。それが誰であるか、顔を見なくてもトウショウにはよくわかった。幼馴染の少女、ナキリだ。


 こんな深夜に夜這いでもあるまいに、と思ううち、ナキリの口元が淡く光った。にぃと歪んだ口の端から牙を剥き出しにして嗤う。


 暗闇に目が慣れるにつれて、白く細い腕の先で誰かを持ち上げていることがわかってきた。苦しげに呻いているその喉に指を食い込ませて、ごきりとへし折る。ごみのように捨てられたのは、トウショウの母親だった。足下には、折り重なるようにして父親も倒れているではないか。


 何が起きているのか、いまだ目覚めぬ頭で夢と信じたいところだが、半身を起こしたところへ歩み寄ったナキリが、ストンと腰を下ろした。腹の上に向かい合わせで座られて、少女の柔らかい感触が伝わってくる。まだ混乱したまま、トウショウがいう。


「ナキリ、俺の父さんと母さんは……?」


 返事代わりに、ナキリがゆっくりと口付けをした。突き入れられた舌は、ヤスリのようにざらついている。長く息を殺すような口付けを終えると、ペロリと唇を舐め、目を細めてささやいた。


……あんたの両親は、俺が殺したよ。



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