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第10話 そんなことより次のこと


 旅の道士兄妹と別れ、いくらか進んだところで、ソウからもらったはさみをチャキチャキともてあそびながら、独り言のように、


「いい子だけど、ちょっと嘘をついていたね」


とのチヨの言葉を、トウショウが聞きとがめる。


「嘘? 妹のソウか?」


「ああ、嘘をついているみたいだった。つらそうだったから聞かなかったけどね」


「ふぅん、なんだろうな」


「さて、わからんね」


 そう言って、鋏を目線の高さまで持ち上げると、チャキチャキと空を切ってみせた。


「さあ、そんなことより次のことだ。今度は、あんたの住んでるところだろ。どんなところか、あんたの想い人がどんな娘か、いやぁ楽しみだねぇ」


「こっちは嫌な予感しかないな。頼むから余計なことを喋らないでくれよ。ただの片想いだ」


「へぇ〜、片想いねぇ」


「ほら、ニヤニヤとその感じ。絶対からかうだろ。ナキリの奴は怒ると怖いんだ。やめてくれ」


「へぇ〜、ナキリって言うんだぁ」


 意地の悪そうなチヨの笑顔に、溜息を吐くトウショウである。


 山東省の中央部、黄河に至るまでの荒れ地に、その街はあった。と言っても、小さな城砦である。城門もあり、四隅には申しわけ程度の望楼が建てられている。周りに何もなく、遠くからもよく見える。


「小さな城砦じゃないか。あれが、あんたの住む街なのかい?」


「ああ、地方軍閥が使っていたんだが、外国との交渉で放棄させられたんだ。宙ぶらりんのまま、どこの国のものでもない無法地帯になっている」


 城砦の前には人だかりができており、たいへんな賑わいだった。街へ入ろうという連中らしい。


 簡単な手続きを経て、二人が城門の敷居を跨ごうとした時、一匹の黒猫がすり寄ってきた。人懐っこい様子で足下にまとわりつくその猫を、しっしとばかりにチヨが追い払う。


「おいおい、可哀想じゃないか」


「あたしゃ、猫は嫌いなんだ。気紛れで、自分勝手で、わがままで。好き放題に生きてるだろ」


「ああ。あんたそっくりだな。自分を見ているみたいで嫌なのかい?」


「違うわい! とにかく、猫なんぞ放っておきな」


 と言われるまでもなく、後ろから急かされて、にゃあにゃあと鳴く黒猫をそのままに城砦へ入った。


 城砦の中も、たいへんな賑わいである。人出もそうだが、一帯が市場のようなもので、あちこちから食い物の匂いがしてくるかと思えば、服から小物から、野菜に薬、魚もあれば肉もある。飯屋の隣に飾り物の店があり、その脇では、陶磁器に香辛料、毛皮に絨毯と、ありとあらゆる物が、雑多に、豊富に、脈絡なく売られていた。


 市場のある中央部から城壁沿いの外縁に向かうと人混みも薄れていった。代わりに、ごちゃごちゃとした建物が積み重なるように盛り上がり、建物と建物の間を体を縮めて通らざるを得ない。

 城壁にもたれかかるように、家の上に家また家と、無理矢理に建物を積み重ねてあるのだ。土を盛って山のようにして、上へ上へと住居を伸ばしてあるが、今にも崩れそうな積み木のよう。無様な建物の群れを見ながら、チヨが、ふぅと息をついた。


「これが、あれだけの人数が入る理由か。それにしたって、まだ足りない気がするけどね」


「そうだな。外から市場へ立ち寄る商売人が多いんだ。どこの国にも属さないから、税もなければ規制もない。なんでもありの場所さ。地下にも市場があるが、危ないから近付かない方がいい」


 ふぅん、と気のない返事をするチヨの耳に猫の鳴き声が聞こえてきた。にゃあにゃあと鳴くのは、城門にいた黒猫だった。一人の少女の胸に抱かれており、それを見たトウショウが嬉しそうに声を上げた。


「ナキリ! 元気そうで良かった。戻ったよ」


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