9両目
「却下」
「まだ、何も言っていないよ」
タクトが脚を運んだ食堂車では、子ども達が朝食に舌鼓をしていた。
カナコはカップに注がれている野菜スープを啜るところだった。
タクトに食事を邪魔された。
それが、カナコのタクトへの冷たい返答の理由だった。
「今日の朝ごはん、凄く美味しい。ね、ピアラ」
「うん、シャーウット。パンは焼きたてふかふかだし、スクランブルエッグのとろける食感が素敵っ!」
カナコが座るテーブル席で、ホルン=ピアラとシャーウットが笑みを湛えあっていた。
「みんなが食べている朝食を作ってくれたのは、ロウーー」
「タクト、オネェのマッチョさんが此所でまごまごしていたから、わたしが追っ払ったわ」
カナコはじろりと、タクトを睨んでいた。
「カナコ。今、何て言ーー」
「あっちに行ってっ! 折角の温かいご飯を食べそびれちゃうっ!!」
「キミのお父さん、今ごろキミのお母さんに泣かされている……。たぶん」
ーー馬鹿っ!!
カナコは中身が入ったままのカップをテーブルの上に置いて、顔を真っ赤にさせると食堂車から出ていったーー。
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「お母さんっ!」
カナコは〔通信室〕の扉を開くと、目の前にいた深紅の軍服に身を包む女性に抱きついた。
「騒々しいぞ。母が来たぐらいで、うろたえるな」
「だって、だって……。」
カナコは泣きじゃくっていた。
カナコを抱きしめている女性は愛おしくと、カナコの髪に手櫛をしていた。
「其処、俺の場所……。」
「バースさん、みっともないですよ」
「タクト、あんまりだと思わないかい? アルマは俺の時には、パンチにビンタだったのだぞっ!」
「ビート。ホラ、お母さんだよ」
バースの泣き言を途中で無視したタクトは、ビートの背中を軽く右手で押した。
「ビート……。」
女性のビートへと向ける眼差しは穏やかだった。
ビートは女性と目を合わせていた。
タクトの促しに、ビートは戸惑っていたが一歩前へと、室内の床に靴を鳴らした。
「ビート、こっちにいらっしゃい」
女性はカナコを右腕で抱いたまま、左手をビートへと差し出した。
ビートは女性の左手に触れた、そして……。
母の腕の中に包まれていったーー。
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いつか見た光景だった。
親子の絆は深くてちぎれるものではないと、タクトは胸の奥を熱くさせていた。
タクトは思い出していた。
『あの頃』で、タクトは走行中の列車の開いた乗降口から救助をする筈だった女児共々、外へと振り落とされた。
九死に一生だった。
タクトと女児は列車が通過中の鉄橋の下で流れる川へと落ちた。
幸いに、重なる幸運のもとで列車に戻ることが出来た。
出迎えたアルマの号泣している顔を、タクトはずっと記憶していた。
衝撃的な事実も判明した。
タクトと一緒に、アクシデントに見舞われた女児の父親がロウスだったと、誰もが驚きを隠せなかった。
女児の名前は、シーサ。
タクトが休職中の、大学講師を務めていた大学の学生であったことにも気づかないほど、彼女は成長していたーー。
「タクト、何か言いたそうな顔をしているぞ」
列車の2両目は、通信室と電算室が壁を隔てての隣り合わせだった。
ロウスはバースの指示のもと、電算室で任務を遂行していた。
「綿密に計算された、列車の走行状況。誤差が発生したら迅速に修正をして【現地】到着時刻どおりに列車を走行させた。ロウスさん、凄いですよ。ブランクがあったと感じさせない、あなたの腕前にですよ」
「そんなことではない。と、いう顔をしていた」
ロウスはA4サイズのバインダーの表面を、タクトの頭の上に軽く落とした。
「あはは」と、タクトは頭を右手で擦って愛想笑いをした。
「訊きたいことは、何だ」
「シーサは、あなたが今回此所に。あなたがまた、軍服を着ることになったというのは知っているのですか?」
ロウスは電算の機材から指を離した。
「店の営業をしばらく休む。そう言ったら、娘は怒ってしまった」
間をおいて、ロウスはタクトに告げた。
「ほぼ、事実をふせた言い方。ですね」
「はっきりと言うな。俺だって散々悩んだ結果、バースに付いていくと決めたのだ」
「今度は、僕が言う番」
「当然だ。タクト、おまえはどうして〈プロジェクト〉チームの引率者を引き受けたのだ?」
「ロウスさんまで、納得していないとは……。」
「連中は、燻っているぞ」
ロウスの声色は、怒りを含ませていた。
「……。『今』を護りたい。それだけです」
タクトはロウスに言うと、電算室を出たーー。
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もう、遠い出来事だった。
今、こうして我が子ふたりと同じように、かつての自分も母が迎えてくれた。
母の名は、エルマ。夫バースと父に同じく、軍人の母は《清風隊》の隊長として、数名の隊員とともに【国】を目指しての遠征に赴いた。
『あの頃』あと、僅かで【国】に辿り着く筈だった列車は、仕掛けられた罠によって足止めをしてしまった。
“フローズントラップ”が吹雪かせた、列車が埋もれるほどの積雪量に立ち向かう術はなく、列車内ではまさに万事休すの状況に措かれた。
窮地を救ったのは、母だった。
母の助けがなかったら、列車は【国】に辿り着くことはなかった。列車内に取り残されていた《陽光隊》と16名の子ども達もろとも、命は失われていた。
我が子を抱くことはなかった。と、アルマは『思い出』を振り返っての想いをした。
「よせよ、今さら何をほじくり返すのだ」
「バース、おまえが連中より真っ先にうろたえていた。それは紛れもなく事実だったと、おまえは今でも認めていないのだな?」
乗務員室で、ふたりっきりのバースとアルマは『あの頃』について語り合っていた。
バースは椅子に腰かけて、テーブルの上で頬杖をついてぶすりと、ふて腐れていた。
「それは、さておき。バース、わたしに言いたいことがあるならば、さっさと述べるのだ」
「ふんがっ!」と、バースは背後から口の端をアルマの指先で引っ張られた為、呻いた。
「さあ。言うのか、言わぬのか?」
「ひふ、へふぉひはふへ」
バースの腕を振り上げての藻掻く仕草に、アルマは「ふ」と、笑みを湛えて指先を離した。
「本当に、おまえがくっついてくるとは思っていなかった」
「他には……?」
アルマは甘くてふくよかな声色で、バースの耳元に囁いた。
ーーアルマ。俺の最高で最強の相棒は、おまえだよ……。
ふたりは、存在を確かめるように触れあったーー。