71両目
物語の風は、暁。
蒼の朧は橙を灯し、大地に陽を咲かさせるーー。
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ルーク=バースが息子のビートから受け取った“案内状”は円盤を型どる赤いシート。
〔トキニミミスマセ〕
ルーク=バースは、題名が一行で綴られている“案内状”に彫られいる無数の細い溝の輪に指先を押し当てる。
ーーアオノオボロ。チ、ココカラ……。
「う」と、タクト=ハインは全身が痺れる感触に堪らず呻く。
“案内状”が“音”を再生した。そして、タクト=ハインが“音”の衝撃での反応を示した。しかし、ルーク=バースは心の平静を失うはしなかった。
ーーアカツキノカゼ、オンパノウナリ。トキノキザミニ、ミミスマセ……。
“音の節”が変わった。すると、カナコは寒気で身を震わせ、ビートは肌が火照ると悶える。それでもルーク=バースは乱すをしなかった。
ーーダイダイノトモシビ。ダイチニ、ヒノハナサカセヨ……。
ようやく“節”が巡った。ルーク=バースは「へっ」と、愛想笑いをした。
ーーヒカリ、ゲンソウ。ヤミ、ソウゾウ。テン、ウマレミヨ……。
聞こえる、光。轟く、闇。
ルーク=バースは“橙の光”を輝かせ、解き放す。
「カナコ」
「うん、タクト」
蒼、暁。
タクト=ハインとカナコは其々の“色”を輝かせ、手を重ね合わせる。
「ビート」
ルーク=バースは息子、ビートへと手を差し出す。
「お父さん、ぼくの“力”には、色はないよ」
ビートは戸惑っていた。父、ルーク=バースは“色無き力”が必要だと求めている。
「俺達が向かう会場は、俺達の“力”を繋ぎ合わせての場所にある。示すには、おまえの“音の力”がいる。頼むぞ、ビート」
ルーク=バースは「ぐっ」と、ビートの掌を握りしめる。
ビートは静かに頷いた。父と手を繋ぐ、父の掌に刷り込まれている“時の音”が渾と、伝わっている。
ーー音波のうなりよ。光の色をうならせ、道を標せ……。
「タクト、カナコッ!」
ルーク=バースは促す。ビートが発動した“音の力”と連動しろと、振り返る。
タクト=ハインは“蒼の光”を輝かせ、カナコは“暁の風”を吹かせる。其々の“力の色”は螺旋状の帯となり、高く舞い上がる。
低音、高音。耳障りな共鳴だとルーク=バースは顔をくしゃりとさせる。
「お父さんがぼくの“力”がいると、頼んだのだよ」
「わっりい、ビート。つい、顔に出ちまった」
父、ルーク=バースの“音の力”に剥ける露骨な態度。ビートは堪らず叱咤をする。
“光の色”は、先端を上昇させ、下降させる棒と線の図を表していた。
光は雑音を切り捨て、導く音へと調える。奏は悠々と弾みを効かせての調。
聞こえるのは凛と澄みきる鈴の音、胸の奥を震わせる太鼓の響き。
見えるのは、眩しい光の幕。
ルーク=バースは光の幕を掻き分ける。ルーク=バースに続けと、タクト=ハインはカナコとビートを誘導する。
光の幕を潜り抜けて見えるのはーー。
遥かなる大地、遠くで連なる山脈。黄金色で実り、垂れた稲穂。
耳を澄ますと聞こえる鳥の囀り、獣の雄叫び。
「バースさん。僕には見えるもの、聞こえるものすべては本物だと……。」
「ああ、俺だってばっちりと見えて、聞こえている」
タクト=ハインを先頭にしての移動。土地勘があるように、タクト=ハインは前進していた。
タクト=ハインは脚を止めて見ていた。今いる場所から近くで見える、鍵形に折れ曲がった入口。
「〈不二の内郭〉の入口。僕達は太古の【ヒノサククニ】に招待された。主宰者が此処で何を企んでいるのかは、招待状を預かっているバースさんが知っておられる」
「通り抜けて突き進んだ先に“会場”がある。どの建物かは、タクトなら心当たりあるだろう」
「建物は合わせて9棟。太古の【クニ】でも建物の位置は同じ。主宰者がいる建物はーー」
タクト=ハインは、指差しをしていた。
「主祭殿。タクト、俺達もリハーサルをするぞ。カナコ、おまえなら絡まった糸を解すのにどんなやり方をする」
「こんな時に裁縫? え、本当に糸を絡ませていたのっ!」
ルーク=バースの掌の上に乗っていたのは、絡みついて玉になった糸だった。カナコは摘まむ。そして、糸の先端見つけると指先で挟むをした。
「無理」
糸は解れなかったと、カナコはルーク=バースに諦めたさまを剥けた。
「おう、これでいい」
ルーク=バースの嬉々した態度に、カナコは「きいっ」と、癇癪を起こした。
「ビート、キミならどうする?」
「訊くことですか? 嫌ですよ。あんなに絡まっているのに解すなんて、出来ませ……。はあ、タクトさん。裁縫セットを持ち歩いていたのですか?」
ビートは目を丸くしていた。タクト=ハインが手にしているのは、針と糸、そして鋏が収まっている掌サイズのケース。
「はい、これでよし」
タクト=ハインは、鋏で無造作に糸の玉を切り込んだ。
カナコは茫然となっていた。
タクト=ハインの掌の中で糸屑が散り散りとしている。
「なるほど。タクト、この策略で挑むぞ」
「必ず、やり遂げましょう。ですが……。」
タクト=ハインはカナコが気になると、ルーク=バースと目を合わせる。
「主宰者が首を長くして待っている。行くぞ、タクト」
「了解。カナコ、ビート。この門を潜り抜けたら催し物が執り行われる“会場”へと行くことになる。此処で僕達の帰りを待つか、僕達に付いていくか。どちらかを決めなさい」
カナコは思った。タクトは残れと強く言っていない。振り向いている父は、優しい顔つきをしている。
二者択一の重みを背負う。父とタクトは幾度も味わっていたのだろう。
今度ばかりは、ふたりは頭ごなしで“選択”を押し付けるをしなかった。
遠回しで“子供扱い”をしないと、言われたようなものだ。
自分なりの言い方ではあるが、伝える。
カナコは「ぐっ」と、顎を引く。
「わたし“今”を“未来”に繋げる為に絡まった時の刻みを解すので」
「来い」
先に門を潜ったタクト=ハインに続けと、ルーク=バースが促したーー。




