70両目
口づけは、甘くふくよかに。
暁と蒼は、風と光をひとつにするーー。
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甘美に酔いしれてばかりはいられない。
カナコと口づけを終わらせたタクト=ハインは、思考を次の行動へと移していく。
〔保管室〕にいるのは、カナコだけではない。
カナコの他に“感知”した“波”が〔此所〕にはまだ、ふたつある。
タクト=ハインは苦悩していた。
出来るならば“波”をまとめて救出したい。しかし、陽光の服に身を纏っているとはいえ、今の我は民間人。
軍から脱退、もしくは退役の際には“闘いの力”を返納する。
発動させる“力”に、現役当時の威力はない。
“波”を“感知”出来ても、移そうとしている行動は限界状態。
「完璧じゃないなら、補い合うはどう?」
考え付かなかった。
タクト=ハインは、笑みを湛えてのカナコの提案に「はっ」と、するのであった。
「タクトが来るほんの少し前に、ビートとハビトが見えなくなったの。わたしは、ふたりを見つけたい」
「ああ、僕も同じだ。しかし、キミ達が連れてこられた〔場所〕は異様だ。別次元の空間だと言い切るのが正しいだろう」
タクト=ハインはカナコを抱き締めていた。
2度と離すまいと、タクト=ハインは「ぐっ」と、カナコの頬を胸元に手繰り寄せるのであった。
カナコは甘い吐息を吐いた。タクト=ハインが身に纏う黒のファスナー付きトップスの隙間から覗かせる胸板の感触が頬に当てられていると、カナコはタクト=ハインの抱擁を受け止めるのであった。
「大丈夫、キミと僕の“力”の連動をさせている。完了したらふたりは絶対に見つかる」
「オッケイ、タクト」
カナコは“暁の風”を吹かせていた。
鮮やかに高くと、カナコは燃え盛る炎のように風を舞い上がらせていた。
タクト=ハインは頷いた。
“暁の風”に“加速”をさせると、タクト=ハインは“蒼”を輝かせる。
ーー暁と蒼の旋風よ、道を標せ……。
“暁の風”は“蒼の光”に交じり、渦を巻く突風を吹き荒らすーー。
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朽ち果てていた【ヒノサククニ】に新たな風が吹き込んだ。
ルーク=バースは吹き込んでくる暁と蒼の疾風を身体で受け止めながら、静かに思った。
偽りの創造を崩す為の、ひとつの難関を突破したにしか過ぎないと、ルーク=バースは顔を厳つくさせる。
吹き始めたばかりの風を、止ませるわけにはいかないーー。
「タッカ、ザンル。此方はケリがついた。そっちの進捗状況はどうなっている?」
ルーク=バースはインターカム式の小型通信機で、ふたりの陽光隊隊員へと状況報告を促した。
『突風の煽りを受けてしまって〔保管室〕の内部はどうなっているのかは、確認は出来ない』
『そうなのよォ~ッ! アタシたちぃ、凄い風に吹き飛ばされてしまったノォおおぉおォ。タクトくん、カナコちゃんを見つけに行ってるのに、アタシたちはなんてことでしょう~っ! の状態になってしまったのォお~っ!!』
「わかった。ところでおまえらは、別々での行動になっているのか?」
『残念ながら、おもいっきり同行している。ええいっ! ザンル。そんなに引っ付くなっ!!』
『タッカの意地悪っ! 大将ぅうう、残念を付け加えちゃうからよく、聞いててネっ!!』
「おう、耳をかっぽじいて聞いてやる」
『アタシたちに引っ付いてたオンナが大変なことになっちゃったノォおおっ! 黒い甲冑姿の誰かに連れて行かれちゃった』
『ザンル、女は元々《奴ら》側だっ! バース、俺が説明する。女は事態に紛れて我々を巻いた。女と次に会ったとしたら、絶対に避けられないのを覚悟するのだ』
「了解、相棒。それにザンルが見た奴は、俺とタクトはよく知っている」
『何のことだ? バース。……。おい、貴様。俺に何て呼んだっ!』
「相変わらず、面倒臭いな。まあ、待て。先ずはタクトを迎えるのが優先だ」
『貴様の娘もだ。我々は“現場”に引き返す。さっさと来い』
「ふっ」と、笑みを湛えるルーク=バースは、タッカとの通信を終わらせると“橙の光”を輝かせての“転送の力”を発動させたーー。
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《奴ら》の隠謀は【ヒノサククニ】で着々と進められていた。
《奴ら》は世界各国家を跪かせるほど、権力を誇示していた。
建国の必須で、象徴を起てる。
象徴は【ヒノサククニ】の起源を正当に引き継いでいる“血”で。
準備万端だった。必要なものはすべて揃っていた。
ところがーー。
大した“女”だと、男が嘲笑いをした。
「そうね。でも、あなたの欺きよりはマシよ」
“女”は頬を擦りながらつん、と澄まして見せた。
男は見下ろしていた。床でうつ伏せになっている初老の男が「う」と、呻くをしても、男はじっと見据えていた。
「ブロッサム。こいつが息子に“父”と呼んでもらえない理由、わかったか?」
「『リレーナ』と呼んで。ジュー」
男はうつ伏せになったままの初老の男の肩に褄先で突く。一方“女”は男からの名の呼ばれ方が不満なのを表していた。
「では、リレーナ。あんたはこいつを名前で呼んでいるのだろう?」
「私的事に踏み込むの? 嫌な人ね」
「あんたはこいつの息子との愛を清算した。せいぜいしている筈だ」
ーー止しなさい……。
“女”は眉を吊り上げ、悍ましく囁いた。
「利用できるのはとことん利用するのがあんただ。危うく、オレもその餌食になっていた」
男は“女”の口に掌を被せる。
口を塞がれた“女”は男を睨み付けていた。男の掌を振り払おうと腕を振り上げるをするものの「だらり」と、下がるのを繰り返すばかりだった。
そして“女”は動きを止めてしまった。男は掌を“女”の口から離す。
“女”はどすりと、床へと落ちる。
落ちても“女”が自発的に起き上がることはなく、くたりとした造形物のように床に横たわっていた。
「ジュー。あんたは復讐を終わらせたつもりだろうが、まだやり尽くしていないのがあるような目付きをしている」
話しかける傍観者に、男は「ふっ」と、嘲笑いをした。
「ハビト。貴様も同じ穴の狢だ」
「あんたに同類扱いされる覚えはない」
「まあ、よい。さっさと準備を整えろ」
男は白金製のカードを、ハビトと呼んだ少年に掲げて見せる。
ハビトの指先は、白金製のカードを挟んでいた。
「見え見えだぞ。縛りが外れたオレを、あんたが利用することにな」
ハビトに填められていた“輪っか”がぼろっと、粉末になって宙へと飛沫したーー。
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手首から縛りが消えた。絶対に外すことが出来なかった“輪っか”が突如消滅した現象に、カナコは驚きが隠せないさまとなった。
「カナコ、どうしたの?」
当然、タクト=ハインはカナコが手首を擦る様子に気付くのであった。
「うん、ちょっと……。」
カナコはタクト=ハインに“輪っか”のことを明かしていなかった。
タクト=ハインと会えたことで“輪っか”を後回しにしていた。もう、経緯を含めた説明をする必要はない。
「ビートは大丈夫。ちゃんと、呼吸をしている」
解き放された空間で、ビートを見つけることが出来た。ビートのぐったりとしているさまに最悪な事態になったと焦るが、ビートの肌が温かいと気付くタクト=ハインは浮かない顔をしているカナコに宥めるをするのであった。
「がさり」と、物音がした。
タクト=ハインはカナコを手繰り寄せて、音がした方向を睨む。
「わおっ!ボンバー・ルーム」
「なんだ、バースさんでしたか」
「俺で悪かったな。カナコ、調子はどうだ?」
「平気よ。お父さんこそ、どうなのよ?」
父、ルーク=バースがいる。
父には弱さを見せたくないと、カナコは目付きを強くさせた。
「続いて、僕からも報告をします。ご覧の通り、カナコの救出に成功しました。ですが……。」
「いたのは、カナコだけではなかった」
「はい。経緯は不明ですが、ビートとハビトまでが〔此所〕に閉じ込められていた」
「幸いにも、ビートはカナコと同じく無傷。タクト、絶望するのは止すのだ」
ルーク=バースは、寝息を吹く我が息子をそっと抱える。
「バースさん、ハビトをひとりにさせてはいけません」
「わかっちょるわいっ! と、カナコ。どうした?」
ビートを抱える手が痺れるとルーク=バースは歯を食い縛っている一方で、カナコの様子が気になっていた。
「わたし、ハビトと喧嘩したの」
「ハビトがいないのは、自分の所為だと思ったのかい?」
タクト=ハインは、啜り泣きをするカナコの手を握り締める。
「タクトも俺と同じ考えだろう。カナコ、ハビトはわざとおまえを突っぱねた。俺達に《奴ら》の全貌を見せる為に、ハビトは覚悟をした」
「すとり」と、着地する音がした。
ビートが父、ルーク=バースから降りての褄先を揃える音だった。
「お姉ちゃん、ぼくからも言う。ハビトには口止めされていたけれど、ぼくは耐えられない」
ビートはタクト=ハインの瞳をじっと見つめる。
「ビート、キミも知ってしまったのだね?」
タクト=ハインは、静かに息を吐く。
「お父さん、ハビトから預かったのがあるんだ」
ビートは、ズボンのポケットから1枚のカードを抜き取り、ルーク=バースへと託す。
ルーク=バースは「へっ」と、笑みを湛える。
「ビート、これは招待状だ。会場までの案内図も記されている」
「指先で触れただけで、カードの情報を読み取ったのですか?」
タクト=ハインは、ビートを遮って口を突いた。
「タクト、急ぐぞ」
「了解。カナコ、ビート。キミ達はーー」
「嫌よ。タクトは、さっきわたしにきっぱりと言ったでしょう?」
「……。おまえ達も、だ。と、決まっているだろう。いいから、行くぞっ!」
ルーク=バースは、顔を火照らすタクト=ハインが被るベレー帽を剥がして、カナコの掌に押し込む。
「はあ」と、タクト=ハインは剥き出した頭髪に手櫛をする。
「相変わらず、手間が掛かる男ね」
ぼやくカナコに「え!?」と、タクト=ハインは戸惑うさまをしたーー。




