7両目
紅い列車に、カナコの父親の『あの頃』の同志がひとり、またひとりと集うーー。
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「カナコ。それに、ビート。キミたちは部屋に行って寝なさい」
タクトは、通信室で次々と欠伸をして見せるふたりを促した。
「そうしろ。奴らが全員此所に揃うには、まだ時間が掛かる」
カナコが横目で見たバースは、通信室の天井を見上げていた。
「わかった。おやすみなさい、お父さん」
カナコはビートの手を引いて、通信室から出ていった。
「へぇ。結構、素直なところがあるのですね?」
「誰が、だよ? タクト」
「いえ、言えばバースさんは間違いなく怒りますから、内緒です」
「すっきりしない言い方だな?」
タクトのこめかみに、バースの握りしめられた拳が押し込まれて、タクトは「タンマ、です。バースさん」と、悲鳴をあげた。
「相変わらず、子どものような戯れを興じる。呆れたぞ、バース」
通信室の扉が開く音と男の嗄れた声が聞こえる。
「あ、タッカさん」
タクトはバースの腕を払いのけて振り向く先にいた、青緑色の外側にはねる毛先に手櫛をする男の名を呼んだ。
「けっ! 相変わらず気雑多らしいな。タッカ」
「バース。貴様がさっさと持ち場を離れた所為で、此方は対応に追われていたっ!」
「バースさん?」と、タクトは顔をしかめた。
「『緊急事態』の出動要請。誰が依頼をしたのだよ? タクト」
「酷いな、バースさん。タッカさんに何もかも押し付けといて、しかも僕にまで責任転嫁とはあんまりですよ」
タクトは頬をバースの指先で挟まれて、引っ張られていた。
「バース、巫山戯るのは大概にしろ。それに、タクト。おまえは本業をそっちのけにしてまで《団体》を担ぐさま、俺は気に入らないっ!」
タッカは罵声を飛ばした。すると、タクトの頬から指先を離したバースがタッカの胸座を鷲掴みにした。
「やるのか?」
タッカの目付きは挑発的だった。
「タッカ、おまえはつまらない奴だ」
バースはタッカを顔の正面までに引き寄せた。
「そのつまらない俺を、貴様は宛にした」
バースは空いている片手を振りかざそうとしていた。
「お止めくださいっ!」
バースの右の拳がタッカの頬に押し込まれる寸前だった。
「タクト、こいつはおまえを侮辱したのだぞ」
「だからといって、バースさんが怒る必要はありません」
タクトはバースの右腕を両肘で挟み、右手で掴んでいた。バースは払い除けようと藻掻くが、右手首を背中に回され、さらに捻りが加えられていた。
「もうっ! 折角集まっているのに、パカポコと喧嘩したらダメよ、ダメダメ」
「おいっ! ザンル。引き離す相手が違うっ!!」
タッカは襟首を掴まれたと、焦って振り向く。そこには紫色の短髪で顔は女装、首から下が筋肉質な体格をした男がタッカに向けて唇を尖らせていた。
「お久しぶり、タクトくん。アナタの無茶っぷりには、バンドとニケメズロも降参していたワ」
タッカに振りほどかれて落胆するザンルだったが、すぐにタクトへとウインクをして見せた。
「あ」と、タクトは心当たりがあると、いわんばかりの顔つきになった。
「ウフフ、気づいたみたいネ」
「〈プロジェクト〉の合宿中だった。真夜中の合宿所で会った不審者は、ザンルさん達の根回しだったと、いうことですね?」
「バンドはアナタに殴られた痕がしばらくクッキリと残っていたと、ブシブシしていたワ」
ザンルは高らかと笑った。
「タッカさん、あなたもザンルさん達と同じ気持ちだった? 僕が《団体》に巻き込まれることに反対をされていたのですか」
「好きに考えろ」
タッカは身なりを整え直すと、通信室を出ていった。
「隊長、列車のシステム復旧作業は完了した」
「ご苦労だ、タイマン。残りの連中が揃うまで休憩をしとくのだ」
「隊長はどうする?」
「しばらく寝ることにする。タクト、すまないが毛布を持ってきてくれ」
「了解」
通信室の座席に腰をおろしたバースは、シートを倒して寝息を吹く。
毛布を取りに行ったタクトが戻った時には、バースはすっかり熟睡をしていたーー。
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ひとりだけの空間が虚しい。
個室のベッドで横になっているカナコの眠れない理由だった。
父親の前では眠くて堪らなかったのに、いざ就寝となった途端に、目が冴えてしまった。
不安も募っていた。
列車は、いまだに停まったまま。最終的に到着する【目的地】が何処に在るのかさえ、聞かされていない。
こんなこともあったと、カナコは記憶を辿らせた。
母は、自分と弟が〈プロジェクト〉に選ばれたことについて父と口論をしていた。
〈プロジェクト〉参加に肯定的な父と否定的な母に板挟みになりながらも、結果的に弟と一緒に、こうして列車に乗っていた。
他の子は、今何を思っているのだろう。
帰りを待つ家族、親友について思い出すことはあるのだろうか。
カナコは眠れなかった。
考えれば考えるほど眠気が襲わないと、何度も寝返りを打つのが煩わしくなった。
ベッドの中に潜ったままは、飽きた。
カナコは起きることを決めて服を着替えると、靴を履いて個室を出たのであった。
「寝ていたのでは、なかったの?」
7両目と8両目の境である通路の扉を開いたカナコは、タクトと会ってしまった。
「タクトだって、そうじゃないの?」
カナコはふいっと、タクトから視線を反らせた。
「僕は鈍った昔の感覚を取り戻そうと、訓練中だよ」
「わたしはタクトの昔は知らないから、どんなことかはわからないわ」
カナコは欠伸の仕草をするタクトに、吹き出し笑いをして見せた。
「タクト、お父さんは昔のままなのね?」
「うん、そうだよ」
「なら、よかった」
カナコは目を擦っていた。
「今度こそ、眠れるよね?」
「うん」
「おやすみ、カナコ」
車両の扉が、タクトによって閉じられたーー。