66両目
《奴ら》の動きは、想像以上に拡大している。
厳密に積み重ねた“策略”は、役に立たない。
【国】全体をくまなく叩き潰すにも、集った人員では足りない。
「タッカ、我々の軍を【国】に総動員させろっ!」
ルーク=バースは焦っていた。
軍司令官として、最終的な手段を下す。
《奴ら》をこれ以上、野放しにしてはならない。
《奴ら》が【国】で積み上げてきただろうの“技術”を実用化させてはならない。
ぶっ潰す。
ルーク=バースの思考は《奴ら》への憎悪で膨らんでいた。
「待て、バース。その指示は、貴様らしくないっ!」
「黙れ、タッカ。さっさと軍本部に要請しろっ!!」
ルーク=バースの尋常じゃない態度に、陽光隊隊員のタッカは抵抗を示した。
「大将、タッカのいう通りヨッ! 先ず、やるべきことワァ……。」
陽光隊隊員、ザンル(男)はルーク=バースを背後からしっかりと抱きつくと、海老反りになって床へと叩きつけた。
「俺じゃなくてよかった。もとい、ザンル。貴様がいてくれて助かった」
「モウッ! タッカのおバカさん」
照れるザンルに突き飛ばされたタッカは、足元を縺れさせた勢いで、気絶しているルーク=バースの上に覆い被さってしまった。
「……。おい、犠牲者を増やすな」
「俺だって、お断りだ。どうせ下敷きにするなら、其処にいる淑女がよかった」
ルーク=バースは、タッカを振り払い「はあ」と、息を大きく吐く。
「この方を、お手当てします。皆さんは、このまま此処でお待ちください」
“女”は、目を覚まさないタクト=ハインをベッドの上に移動させたーー。
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考える順番を誤ってしまった。
ルーク=バースはベッドの上で寝息を吹くタクト=ハインを見つめながら、後悔していた。
「命を脅かすほどの危害を加えられなかったのは、幸いでした。でも、受けた衝撃はさすがに堪えたようです」
“女”はタクト=ハインに布団をかけ直した。
「バース、説明しろ。タクトをこんなさまにさせた奴を何故、直ぐに逐わなかったのかをだ」
タッカは“女”が淹れた茶を啜りながらルーク=バースに訊ねた。
「止せ、タッカ。そこは、俺だって凹んでいる。タクトが言ったことに《奴ら》が何を仕出かしていたかと思ったら、身体が“軍人”として反応しちまった」
ルーク=バースは、憔悴したさまとなっていた。
「“ジュー=ギョイン”と、言っていたな。しかも、どうやらタクトがよく知っている奴らしいが、それだけで貴様が《奴ら》と結びつけるのが腑に落ちない」
「奴は消滅した。それは、タクトから報告を受けていた。タクトは、目の前で奴の消滅を見ていた」
ルーク=バースの物言いに「何だと!?」と、タッカは驚愕した。
ーー僕が説明します……。
「タクト。まだ、無理をするな」
タクトが目を覚ましたと、ルーク=バースは安堵の息を吐いた。
「いえ、大丈夫ですので」
タクト=ハインは傍にいる“女”の支えを拒み、ベッドから身体を起こした。
そして、タクト=ハインは“奴”との関わりの経緯を語った。
「イヤーッ!! タクトくんをやった相手は、オバケなノォおおっ!?」
タクト=ハインの語りを聞き終えるザンルが、動揺する態度を示した。
「いえ、間違いなく“実体”でした。抵抗しようと僕は奴に挑んだのでしたが、やられてしまった。証拠だって、ご覧の通りです」
タクト=ハインは、身に纏う黒のファスナー付トップスを全開させた。
「キャッ! オトコらしい胸板」
「この、馬鹿めっ! タクトは腹部を見せたのだ」
頬を赤く染めるザンルに、タッカは呆れたさまとなった。
「受けたのは、1発だけか?」
ルーク=バースが見たタクト=ハインの腹部には、傷痕である拳の形があった。
「あっという間でした。それだけじゃない、僕はとんでもない過ちを犯してしまったーー」
タクト=ハインは、脚に被せる布団を掴んで顔を押し込み、肩を震わせていた。
「タクト、おまえはいい奴だ。俺は、そんなおまえを責めはしない。だから、罪だと思うのは止めろ」
ルーク=バースはタクト=ハインの肩を抱き、声を震わせた。
タクトはカナコを護れなかったことを悔やんでいる。泣き顔を見せまいと、タクトは声を圧し殺している。
掌を介して、タクト=ハインの繊細が伝わる。
ルーク=バースもタクト=ハインと同じく、涙を溢していた。
タクト=ハインは、顔をあげた。そして、ルーク=バースと目を合わせる。
「俺も辛いんだ。わかってくれ、タクト」
タクト=ハインが、ルーク=バースの本心を解った瞬間だったーー。
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一方、その頃。
あの時、確かに消滅した。遠退く意識の中で、奴が言ったこともはっきりと記憶している。
人づてだったが、奴についての情報は把握していた。実際に面と向かった瞬間、我と相容れない存在だと確信した。
奴の名は、タクト=ハイン。
《奴ら》が主催した〈育成プロジェクト〉の、メンバーの引率者。
今度は、真正面から奴に挑む。しかし、事はうまく運べなかった。
“自由”に、縁がない。
それならば、それなりの手段を選ぶ。
目的の為なら、使えるものは使う。
先ずは《奴ら》の体制を、そして《奴ら》によって再生された身体。
タクト=ハイン。
奴の性分をも、利用するーー。
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『ショウゴウ、カンリョウ。サンプルノカイセキヲハジメマス』
大昔の当時は“AI”と呼ばれていた。時代が更新される度に、象は進化を遂げた。
創られた知能に代わるものは。
《奴ら》と呼ばれる集団は、人の“器”と“芯”を分離させる技術に時を費やした。
“器”は人の肉体。
“芯”は人の心。
過程は、安易に辿り着くものではなかった。
偶然にも。もとい、失敗が成功となった。
損失した経理は“真実”の隠滅で相殺に合意する。組織内で不穏な動きの素振りをする者がいれば、処分の対応を下す。
「オレのようなならず者でも、希少価値はある。あんたがオレを再生させた理由は、そうだろう」
「私語は慎め」
一方的に語っていながら、此方の態度には容赦しない。姿は何度か拝見しているが、雰囲気は受け入れない。
黒の甲冑に身を包む“男”は、誰かを彷彿させる。
「あんたは“奴”からこの娘に照準を変えた。その意図は、オレなんかには明かさないだよな」
「集中しろ」
どんな物言いにも反応を示さないのが燗に障る。あらかじめ、突く言葉を頭の中に叩き込んでいる。
『サギョウガチュウダンサレマシタ。ココロヲ、シズカニサセマショウ』
創られた知能が、感情を理解している。
「了解、アスカ」
作業方法は“思念”を入力。蒼く発光されるレンズに焦点を合わせることによって、設備器具が操作される。
『ブンセキ、カンリョウ。フォルダヘト、データヲテンソウシマス』
役目は作業のみ。結果の回収を執り行うのはーー。
「……。ジュー=ギョイン。回収したサンプルのデータを基にして、量産へと向けた技術を携えろ」
権力を誇示する、身体を情報収集の“器”に換えてまで理念を展開させる。
執念が尽きることはなく、血をわけた肉親さえも利用する。
「御意」
検体として回収されたのは、子どもばかり。
ひとりは、元々《奴ら》の手によって造られた。
ふたりは、肉体。しかも、姉と弟。
“時切り”によって“芯”を切り離された“器”が命を生み出した証の名は。
カナコ。
ビート。
かつての“教え子”との思い出までを、我は利用しようとしているーー。




