64両目
愛を囁かれることに、拒むはしなかった。
傍に置くことで、均等を保っていた。
微温湯と甘味を求める。浸かって、貪る。
造形した愛は、いつか崩れるーー。
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かなり、むかつく。
ベッドに臥せていたカナコは、タクト=ハインのやり取りを聞いていた。
父、ルーク=バースが視野を遮っているので顔は見えないが、相手の声に聞き覚えがある。
何でこんなところにあの人が。しかし、父の話し方からすれば、タクトを追ってきた訳ではない。
父が言う“人身御供”は気になるが、タクトと相手が交わし合う言い方がもっと気になる。
裏切っていた。
ずるい優しさ。
愛し合うことに疲れた、恋人同士の想い出を精算する為の表しを聞かされても、真実は変わらない。
タクトとの距離は縮まらない。カナコは布団に包まって、涙を溢した。
「カナコ、あいつらに泣きっ面を見せてやれ」
包まる布団越しで父、ルーク=バースが言う。
「寝かし付けないんだ」
「あれだけぐーすか寝といて、まだ寝たいのかよ」
「お父さんは、あっち向いてて」
「おう。頼むぞ、カナコ」
カナコは、布団を剥がしてベッドに腰かける。
目を合わせるルーク=バースを壁際に振り向かせ、カナコは「すう、はあ」と、息を整える。
当然、カナコの様子にタクト=ハインは気付く。
見られたくない情況を、カナコが見ている。
涙をぼろぼろと溢すカナコに、言い訳は利かない。
「リレーナ、キミが此処にいる理由を訊きたい」
話しを振られる前に挟みを入れる。そうでなければ、事が悪循環に落ちる。
「いいでしょう。その前に、カナコさんの涙を拭いてあげください。頃を見計らって、またお伺い致します」
黒い衣を身に纏う“女”は、タクト=ハインの気転に相槌をすると、すっと、翻した。
ぱたりと、扉がしまった。
「あの人の気遣い、むかつく」
カナコはしゃくるをしながら、角張る言い方をする。
タクト=ハインはハンカチを握りしめていた。
カナコの涙を拭うをしても、現実は振り切れない。
「わがままを言うなよ」と、タクト=ハインは
ハンカチをズボンのポケットに押し込む。
「ほんとっ! タクトは、わたしにはぐりっぐりのぎったぎた。頭に来るけど、今はそれでいい」
「ああ、僕も同じだ」
喧々諤々。
タクトとカナコの言い合いは続いていた。
噎せようが咳き込もうが、双方は一歩下がるをしなかった。
「……。まだ、すっきりしていないね」
「当然よ。わたし、つもり積もっていることだらけだから」
カナコの強がりな態度にタクト=ハインは「むっ」と、しかめっ面をする。
「おまえら、そこまでだっ!」
父、ルーク=バースの罵声に驚いた、カナコの身体が竦む。
「お父さん、声が大きすぎる」
「甘ったれるなっ! 巫山戯あってる暇があるなら、情況に目を向けろっ!!」
カナコは「きっ」と、ルーク=バースを睨み付けて、歯をくいしばった。
「カナコ、バースさんの言う通りだよ。僕たちが今いる〈処〉は、何処だと。そして……。」
ーー失礼します。
“女”が部屋に入ってきたと、三人は振り向いたーー。
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“女”は茶を淹れていた。
「どうぞ」と、中身が注がれたカップを“女”は席に着く“客”のひとりに差し出す。
「いただきます」
カナコはカップの取っ手を掴み、中身を啜る。
「バースさん」
「わかってるわい。そんなに厳つい面をするな」
タクト=ハインは、聞き逃していなかった。先程ルーク=バースが口を突いていた“人身御供”の意味を知りたく、催促するさまとなっていた。
「タクトにバラしていいのか?」
「私たちは、精算したの。よって、今其処にいらっしゃる方は、あの人のご子息様」
淡々とした、物言いが気に入らない。
「ふぅん、タクトのお父さんを知っているんだ」
タクトが睨んでいると気付いても、カナコは“女”に口を割るをした。
「失礼、気を取り直して本題に入らせて貰う」
ルーク=バースは軽く咳払いをすると、カナコの足首に褄先を押し当てる。
タクト=ハインは「ぐっ」と、頬の裏を噛む。
「私はあなた達がいう《奴ら》から育成支援を受けて、将来に向かった。大学院で学ぶこと、あなたの仕事を手伝うことも《奴ら》の支援があって成し遂げられた」
「《奴ら》と通じていた。同じく、あいつとも」
“女”は黙って頷いた。
「言い方が悪くなるが、あんたはタクトを取り入れるに成功させた。あとは如何にタクトを《奴ら》に目を向けさせるかを、執り行った。そして、タクトは今に至った」
ルーク=バースが鷲掴みしているカップが、中身が入ったままで軋んでいた。
「身の隠し方が上手かった。僕の『裏切っていた』が、劣っている」
「言い訳はしないわ。私は、私の生き方を優先にした。ぜんぜん、後悔はしていないの」
「悶着になる前に、付け加える」
ルーク=バースは、所持している〈ヤードロック〉製の電子手帳をタクト=ハインに差し出した。
「僕が閲覧していいのですか」
「構わん」
「バースさん、ロックが掛かっています」
「……。返せ」
「カナコ、欠伸は手でふさいでしなさい」
「お父さんの手つきがモタモタしてるから、退屈で堪らない」
タクトとカナコの言い合いが耳障りだ。ルーク=バースは苛立ちながら、電子手帳の操作をした。
「おう、さっさと見ろ」
ルーク=バースは憔悴したさまで、タクト=ハインを促した。
電子手帳の内容を閲覧するタクト=ハインの顔つきは、瞬時に強張った。
「《奴ら》は“国”を新たに建国する為に【国】を占拠した。歴史から淘汰された【国】に埋る、今の暮らしでは希少価値となっている資源を独占して、新たな国家を立ち上げようとしている……。」
ルーク=バースが【国】に赴くを決断したのは、この為に。
「【国】を創るには“鍵”が必要だと《奴ら》は躍起になった。此までも“鍵”は【国】へと路を繋げる役割を、一度は命を散らして担ったーー」
タクト=ハインは、ルーク=バースの視線を反らせなかった。
「古の【国】の民から濃く受け継ぐ“血”がいる。それなら“血”そのものだけを掻っ払ったらよかった筈だ」
「“血”を焚かすで効果が表れる。タクト、おまえとセットでないと使えないと《奴ら》は学習している」
「へえ。タクトのご先祖様のことまで、書いてあるのね」
カナコの嬉々とした声に、タクト=ハインは血の気が引くような顔つきになった。
「こら、カナコ。勝手に見たら駄目じゃないか」
「おもいっきり、ばっちばちに見えたもん。ねえ、お父さん」
「俺に同意を求めるな」
「起源なんて、一度も聞かされていない。そう、あいつからだって……。」
◎〔タクト=ハイン〕太古の【ヒノサククニ】の王族の末裔。“血”は“輝力”を使いこなしていた当時の女王、ヒメカより時を経て濃く受け継ぐ。
逝ってしまった母と同じ名。
女王“ヒメカ”の名が母に付けられていた。
系統を知った“事実”は、母を利用した。
タクト=ハインの心は、折れる手前だったーー。




