61両目
大気が、震えている。
【ヒノサククニ】の何処かで発する“光の力”の“波”が生じさせている。
“波”の発生源は、二ヶ所。ひとつは【国】の最北端位置に広がる森林地帯から。不規則な“波”だったが、生存が証明されているのを満たしていると、アルマはルーク=バースと意見を一致させた。
もうひとつの“波”は、何処から。
針が刺す程度ではあったが、ルーク=バースのみが発生源を捉えた。
突っ走る性分は、相変わらず。そして、決まって世話を妬かれるのも同じく。
その度に、もうひとりの母親を泣かせる。
「すまねえ、アルマ。恨むなら、ひとりで格好つけてる奴にしろ」
“波”の発生源のひとつに踏み込むは可能だと判断したルーク=バースは、アルマに同意を求めた。
「私の気が変わらぬうちに、さっさといくのだ」
止めても無駄。ならば、急き立てるのほうがましだと、アルマはルーク=バースを促した。
ルーク=バースがいう“奴”は、タクト=ハインを指している。
ルーク=バースが感知した“波”は、タクト=ハインだけではなかった。アルマは、ルーク=バースから明かされた瞬間、震えが止まらなかった。
もつひとつの“波”は、ルーク=バースにとって相容れぬの存在。タクト=ハインにとっても同じく。
踏み込めない“固執”だと、アルマは耐えるを選ぶ。
「必ず、連れて帰ってこい」
「ああ」
「二度と、ひとりにしてはならない」
「……。わかってるわい」
ルーク=バースは、アルマを引き寄せる。
そして。
くちづけは、長く、やわらかく。何度も重ね合わせるを終わらせ、指先を解く。
ーーバース。タクトの“今”を、未来へと繋いで……。
ルーク=バースが“橙の光”を身に包み、空へと舞い上がっている最中に聴こえた、アルマの囁きだったーー。
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“護られる”は尊いと、礼をつくしてふるまうはあったのだろうか。
だが、我は“異物”の存在としての“駆除”の対象になるのは阻止する。
吸い込む空気の味は、苦く酸っぱい。
粘りが鬱陶しい、足元の感触。
カナコは“帰る処”に繋ぎ損ねた場所で、自責の念と自尊心を交互にしていた。
これまでの難関突破は、誰かがいたから成し遂げられていた。痛みを分けあう、支えあう。いつからか、それが当たり前になった。
一方で、愛されたい為に意地を張る。強固を誇示することで、愛を手にしようとしていた。
“帰る処”に繋がらなかった理由に納得しようとするものの、カナコは受け止めるのに苦難していた。
せめて、この情況を打破する為の手掛かりだけでもーー。
カナコは存在を証明させる為に“暁の光”で“異物駆除”を担う“イキモノ”に抵抗を示していた。
ーーどんな理由があっても“力”を間なしに利用するのではないっ!
“力”について、父親のルーク=バースは厳しかった。叱られる度に、母親のアルマに泣きついた。
ーー愛は、甘美を求めあうものばかりではない……。
母の言葉があまりにも重くて難しかった。それでも、母は泣きが落ち着くまでずっと抱きしめてくれた。
カナコは、ふと、思った。
もし、母が今の情況に。今の自分と同じになったらどんな手段を選ぶのだろうかと。
母ならーー。
ーーイブツ、イブツ……。
そういえば、目の前にいる“バケモノ”も“イキモノの母”をしていた。
“異物”を“駆除”するのは、森に入り込んだ生者から子を護る為にだとしたら。
ーーイブツ……。
“力”で、押さえることばかりを考えていた。
カナコは“暁の光”の発動を止めて、じっと立ち姿になると「すうはあ」と、呼吸をととのえて胸元で掌を握りしめる。
ひたり、ひたり。と、足音が聞こえていた。
“バケモノ”が近づいていても、カナコはじっとしていた。もう少し、あと少し。カナコは“バケモノ”が間近になるのを待っていた。
脇腹に、くい込む鋭い痛み。
“バケモノ”が爪をたてて掴む感触にカナコは顔を歪めるが、それでも動くことはしなかった。
ーークジョ……。
“バケモノ”が解き放した“縛り”が身体を這って、巻き付く。脚に、手に、カナコは“縛り”を巻き付けてもなお、悲鳴すらあげなかった。
そして、いよいよ“縛り”が頸に巻き付くその時だった。
カナコは喉を鳴らし「すう」と、息を吸い込む。綴じる瞳を開き、見つめた先にはーー。
牙を剥く“バケモノ”が、今にもカナコに食らい付こうとしていた。大きく口を開く“バケモノ”の吐く息の、炭の匂いをカナコは嗅ぐ。
頭部にすっぽりと“バケモノ”の口が被る。頬にざらりと、した“バケモノ”の舌の拭い。
カナコの身体は“バケモノ”に呑まれていっていた。するりと、啜られる感触。それでも、息ができる。
カナコはある自覚をした。
“バケモノ”は“駆除”する為に“生者”そのものを咀嚼するのではない。かといって“生者”の養分を吸いとるでもない。
感覚が間違ってなかったら。
ーー“暁の風”よ、薫りを含ませ強く吹き込め……。
カナコは“バケモノ”の口の中で“暁の光”を解き放つ為に口遊む。
ーーイ、イブ、ツ……。イ、ブツ……。
“バケモノ”が苦しがっている。
カナコが解き放つ“暁の風”が“バケモノ”の口の中を膨らませていた。
“バケモノ”は“力”を吸い込むのが追い付かない。
これで、はっきりとした。
“バケモノ”は生者の“力”を吸いとっての“駆除”をしていた。そして、吸い尽くしたあとは“器”を圧縮させて、廃棄していた。
“バケモノ”が吸い尽くせないほどの“力”であったのかはわからないが、カナコは何度も“暁の風”を解き放した。
ーーイ、イ、イ……。
“バケモノ”は、とうとう「ばふっ」と、カナコを吐き出す。
「はあ、きつかった」
カナコは頬に息を溜めて「ほう」と、一気に吐いた。
ーーウウウ……。
“バケモノ”が肩で息をするさまが哀れだ。
苦しめられたのに、慈しみで優っている。自然と、指先が“バケモノ”に触れている。
「お母さん、凄く大変だったね」
カナコは“バケモノ”に抱きつき、掌でやさしく擦った。
ーーカ、ナ、コ。スマナカッタ……。
“バケモノ”は、やっぱりグレートマザーだった。辛そうに、惨めそうに。弱々しい声ではあったが、グレートマザーであった。
「わたしはこの通り、大丈夫だった。だけど“帰る処”に帰るを諦めきれずに、いろいろと考えちゃった」
ふわりと、やわらかい毛並み。
“バケモノ”を解除した、グレートマザーの感触に、カナコは「ほう」と、安心した息を吐いた。
「カナコ、私はあんたの“力”に感服した。おかげで顎がちと、痛い」
グレートマザーはすりすりと、顎を前足で擦っていた。
痛い思いをしたのに、誉めている。しかも、誉めたのは“力”について。
何かが、ある。
生者は“駆除”されるのが、森での掟の筈。
グレートマザーは、この自分が森に踏み込んだ時点で“駆除”をあえてしなかった。
“力”がどんなものなのかと、試されていたのだろうか。それは深読みし過ぎだと、カナコは疑念をそっと胸の奥にしまいこんだ。
“帰る処”に帰る為の路を繋ぐ。
今度は、絶対にうまくいく。と、カナコは勇気を溢れさせた。
「グレートマザーさん、もう一度お願いします」
「ああ、当然だ」
カナコはグレートマザーと手を繋ぐ。
今度こそ、ひとつの“大切”を。
カナコはひとつの“大切”を強く、はっきりと選ぶ。
ーータクト、あなたの“今”を未来に繋げる……。
カナコは、グレートマザーの手を離す。
蒼く、やわらかい。そして、あたたかい。
色と感触は、あの人のもの。其処に、路が繋がった。
「さあ、お行きなさい」
ーーはい……。
カナコはグレートマザーに見守られながら、ひとつの“大切”へと、辿り着いた。
傍に行けたで十分だと、カナコはひとつの“大切”がいる場所で頷いた。
一方、ひとつの“大切”は、驚きが隠せないさまとなっていた。
どうして、カナコが。どうやって、カナコが此処に。
訊きたくて堪らないを表すのが、カナコでもはっきりとしていた。
カナコはタクト=ハインと手を取り合い、笑みを湛える。
「……。だから、嫌だったんだ」
「何とでも言いなさい」
「キミは、大切すぎる。僕が護るには、あまりにも荷が重すぎる」
「わたしの両親の娘だから。なんて、理由になってないからね」
「頼む、僕の言うことをちゃんとーー」
「呑気に聞ける情況でなくても、嫌」
困ったと、タクト=ハインはある方向へと振り返る。
「知るか。自分で何とかしろ」
角張った言い方では、諦めるしかなかった。
「タクト、目の前の難関に集中してよ」
「カナコも、だよ。多分、キミに気を掛ける余裕はなくなる」
「わたしの“力”を宛にして。ね、いいでしょう? お父さーー」
同意を求める前に、父は既に拒む態度を示していると、カナコは途中で口を閉じた。
「俺は手を出さない。タクト、おまえが考えている“策略”で行け」
「了解」
素っ気ないやり取りだった。
父が此処に来ていたことは、考えていなかった。しかし、父はタクトにどことなく、冷たい。
タクトもまた、承知している。
「タクト、あれだけを停めるのよね?」
「そうだ」
カナコは聳える悍ましい物体の姿に、身を竦めた。
「ねえ、タクト。意地を張らずに、折角来てくれたお父さんにーー」
ーーカナコ、やっぱりキミも手を出すな。これは、僕が僕でいる為の、闘い……。
タクト=ハインは、繋ぐカナコの手を離す。
「此方に来い」
カナコは、目を合わせたルーク=バースに促され「うん」と、寂しげに返事をしたーー。




