55両目
〈美里のムラ〉は〈不二の内郭〉から西の位置に所在しており、太古の【国】では、民の居住区域とされている。
ルーク=バースは〈ムラ〉の外観に違和感を覚えた。
【国】の歴史の跡がどんなに目で追っても見受けられない。高層建造物の窓ガラスに反射された陽の光で目が眩み、アスファルトの照り返しの熱で身体が火照る。
《奴ら》が【国】の歴史と自然を壊した。
《奴ら》は【此所】を手中したと、鼻を高くしているのは間違いない。
『こちら、石蕗隊。バース殿〈和水の内郭〉への侵入経路の確保に難航しております。状況を簡易に申し上げますが《奴ら》の従事者だと思われる複数の女性が我々に……。あの……。とても、言葉では言い表せないようなことを……。ですね』
ルーク=バースはインターカムを通してのあやふやな報告に、きわめて不愉快そうな顔をするさまとなった。
「……。タッカ、ザンル。どっちでもいいから、さっさと〈和水の内郭〉に行って“色ボケ”を鎮圧させろ」
バースに指名されたタッカとザンルは、目を合わせて頷く。
「バース。貴様からの指示は、俺とザンルが責任持って遂行する」
「石蕗隊って、ぴちぴちでぷるんぷるんのお肌のコばかりでしょう? そんなコをとって食うをする“害虫”は、ワタシが駆除するワ」
「喜んで、いくなよ……。」
猛烈な駆け足で姿が遠くなるタッカとザンルに向けた、バースの呟きだったーー。
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拍子抜ける状況報告だったが、人的被害は発生しなかった。ルーク=バースは胸を撫で下ろす一方《奴ら》の情報として記録するようにとタイマンに指示をした。
《奴ら》が武力行使で立ち向かってくる可能性は否定できない。武器使用とまではいかないが《奴ら》が持つ科学的な知識を応用するのはあり得る。
“力”と“科学”の融合。
《奴ら》なら可能な技法だ。いや、既に実用化されていた。
世界各国の国家でさえ《奴ら》の権力を恐れている。ひとつでも《奴ら》への振る舞いを誤れば我が国が潰されると、国家は《奴ら》に介入するを怯んでいる。
大地は、我々が生きる為にある。太陽は、我々を照らす為にある。
ルーク=バースは掌の指先を開いて、ぐっと綴じる。
始まりの大地【ヒノサククニ】を汚した《奴ら》はこの手で倒す。
あいつは、俺が必ず倒す。
ーーふふふ……。
か細い、女性の笑い声が聞こえた。
バースは不愉快なさまとなった。
“声”が誰だと探るまえに、瞳を綴じて呼吸を整えた。
バースは次に目で追った光景に唖然となった。
道端に落とした小型通信機を拾おうと、中屈み姿の清風隊隊員。背負うリュックサックを下ろそうと、肩に下げるベルトを握りしめているバンド。
険相のアルマが、すぐ後ろにいた。
時の刻みが止められた。
バースは深い考えをすることをせずに“有志”の数をあたった。
清風隊は、確か5名の人員の筈だ。石蕗隊は〈和水の内郭〉への突入に手間取ったが、タッカとザンルの援護で突破した。白岳隊は9名がふた手に別れての任務を遂行することになっている。
ハケンラットとマシュ。そして、ニケメズロは〈プロジェクト〉メンバーの3名の付き添いとして【国】からの撤退を指示した。今頃は、マシュが運転する“紅い列車”で大地の復路を駆けている。
清風隊がひとり、いない。
そして、これは最悪だ。
《奴ら》の主催で集った〈育成プロジェクト〉メンバー内の3名と引率者。彼らは、我々と《奴ら》を陥落させると志願して、同行に至った。
バースはかっと頭に血をのぼらせ、まだ時の刻みを止めている“有志”を掻き分けながら駆け出した。
あいつらが消えた、この大地を掘り返してでもあいつらを捜す。
バースは駆け続けた。
しかし、息を荒く吐くばかりで向かおうとしている場所に着かない。
時の刻みを逆さにされていた。
バースは、駆けてはもとの場所に何度も戻されていたと知った。
“時間操作の力”の使い手がいる。誰だと、バースは探りあてた。
バースは顎を突き出して“相手”をじろりと、睨んだ。
紅い装束を身に纏い、頭に黄金色の太陽を象る冠を被る女が口元を袂で覆って、バースを見つめていた。
ーーくすくす……。
女は口元を覆う袂を外すしてぺろりと、舌を出した。
巫山戯ているさまと耳障りな笑いが気に入らないと、バースは沸沸と怒りを膨らませた。
すう、はあ。と、呼吸を整え、掌を“橙の光”で輝かせ、照準を女へと合わせる。
ーーうふふ、ふふふ。おほほ、ほほほ……。
“橙の光”が消えては、輝かせる。
バースは女の鬱陶しい笑いに堪えながらも“力”を発動させた。
バースの掌から解き放された“橙の光”は女に命中することなく、不発の花火のように球体となって地面に落ちると、光の粒を弾かせて砕ける。
もう一度、今一度。
バースは何度も女へと“橙の光”を解き放す。
ーーあははは、ははは。おほほほ、ほほほ……。
女の高笑いに止まりがない一方、はあ、はあと、バースの息は乱れていた。
今度こそと、バースは掌に“橙の光”を輝かせる。
視野が霞んでも、振れる掌で照準を定めようとバースは足元を踏ん張らせた。
ーーふほほほ、ほほほほほほ……。
獣の雄叫びのような、女の高笑いだった。
この一撃で、決める。
バースは伸ばす腕を震わせながら、女へと掌を翳す。
朧に瞬く“橙の光”を、バースは女へと解き放す。
ところがーー。
虚しくも“光”は女に命中することなく、消滅した。
“力”が尽きた。
バースは立つにもおぼつかないほどの態勢となる。掌がぺたりと、地に付く感触。額から頬にと這う汗は、顎より滴った。
“器”はいつか、崩れる。しかし、ただ消えるのは癪だ。
せめて、記憶を残さなければ。
仰向けになって指先を震わせるバースは、羽織るジャケットの裏ポケットから貼り付け式のカードを抜き取り、額に付着させる。
この情況に至った経緯の記憶を“装置”に記録する。
バースは、瞳を綴じたーー。
ルーク=バースは率いる“有志”と《奴ら》の窖に突入する為に、北東へと移動した。
到着した陵の頂で、巨大な甕の表面が土面から剥き出しになって列をなしていた。
陵を降ると墳丘墓があった。
太古の【国】の王族とその関わりがある者たちが眠る場所から《奴ら》の窖への路を確保して、靴を鳴らそうと一歩、土を踏みしめたーー。
ルーク=バースは、今に至るまでの経緯を辿り終えた。
バースは「へ」と、呆れたさまになる。
らしくない、しくじりをした。
太古の【国】の亡者と“同調”してしまい、見えるモノを“現実”と、受け止めてしまった。
しかし、バースは張り巡らせた思考を否定した。
《奴ら》が今いる“場所”を領域にしているならば、仕掛けが施されているのはあり得る。
何者かが発動させた“時間操作の力”を“感知”していた。
“罠”と“力”で、我々の行動を撹拌させた。
ーーふふふ、うふふ……。
時の刻みはまだ止まっている。そして、腹立たしいことに“女”がまだ、此所にいる。
バースは額に付着させていた“装置”を剥がしてばきりと、握りしめて壊した。
ーーまあ、乱暴な扱い方……。
はっきりとした喋りが聞こえた。
行った“作業”に反応したかのような口の突き方を、仰向けのバースは聞き漏らさなかった。
女が近付くのがわかっていた。
しゃらりしゃらりと、装飾品が擦れる音。じゃりじゃりと、砂利道を踏みつけての音。
「ごめんなさいね。あなたがあの人の親友なのはわかっているけれど、ね」
バースの右頬の真横で、ざくっと錫杖の先が地面に突き刺さる。
「俺をブッ潰す。それがあんたに課せられた役目か?」
バースは錫杖を掴み、地面から抜き取って起き上がると、旋回させた先端を女の顔面手前で突きつけた。
「ええ、そうよ。あなたは、あの人から自由を奪った。あの人を【此所】に呼び寄せた、あなたがいけないの」
「だって、さ。オカムーラ」
バースの視線の先に、時の刻みが止まったままの清風隊の隊長、オカムーラがいたーー。




