53両目
《奴ら》を陥落させるのは、派遣部隊と合流してから。それまで〈拠点〉で待機せよと、ルーク=バースは陽光隊に指示を下した。
ーーうっし、あとは適当にくつろぐをしてくれい。
ルーク=バースはそう言って、ミーティングを締め括った。
以来、ひたすら時間だけが費やされていた。監視、偵察、トレーニング、それらは一切せずに過ごす。
随分と呑気な情況だ。タッカは〈拠点〉の部屋の一廓でごろ寝をしている“奴”が軍司令官であることが腹立たしかった。
「タッカ、手を貸してくれ」
ロウスの呼び掛けにタッカは「やれやれだ、ぞ」と、機嫌斜め気味で返答をした。
ロウスは〈拠点〉の外へとタッカを連れていくとエプロンを渡し、地面に置かれている馬鈴薯で山盛りの籠に指を差した。
「芋の皮剥きを、しろと?」
「俺ひとりだと、夕食の時間に間に合わない。見ろ、ザンルとバンドは自主的に手伝っている」
ザンルが玉葱を、簡易テーブルに置くまな板の上で次から次へと刻んで、バンドは茹であがった数多い玉子の殻を剥く作業の姿が、タッカの視野に入った。
「こんなに大量に、我々では食いこなせない。いや、これ程〈此所〉には、食糧の備蓄に余裕はなかった筈だぞ」
タッカはエプロンを着けると、水洗いをした馬鈴薯の皮をナイフで剥き始めた。
「“転送”されたのさ。滞在中は自炊するが、到着しての食事を振る舞って欲しいだとよ」
「は?」
タッカは掴む馬鈴薯をつるりと、地面に落とした。
「【センダ坑遺跡】には、石炭を掘る為に地下へと続く堅坑坑口が何ヵ所かあった。そのひとつである地下通路が【国】の〈大牟田の口〉に繋がっていた。派遣部隊は、其処を通過して【此所】にやって来る。と、バースからの連絡だった」
ロウスは「ふ」と、静かに笑みを湛えた。
「バースめ……。」
口をわなわなと震わせるタッカは拾いあげた、皮を剥きかけていた馬鈴薯に付着した土を拭うをするものの、表面を余計に汚してしまったーー。
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日没の頃だった。陽光隊が【国】での活動拠点にしている〈大牟田の口〉に、軍からの派遣部隊が到着した。
「おう、皆の者。陽光隊の料理番がこさえた料理は、どれも絶品だ。たっぷりと味わってくれい」
ルーク=バースは、満面の笑みを湛えて能弁気味となっていた。
〈拠点〉の広場に設置したテーブルの上には、味覚を堪能する前から喉を鳴らすような、豪勢に盛り付けされている大皿がならべられていた。
ーー遠慮なく、いただきますっ!
軍服姿の男達は一斉に食卓を囲み、食事に舌鼓を始めた。
「ふむふむ。がっつりと食を貪るのは嬉しいが、俺の分まで食い尽くさないでくれい」
バースはひとつの大皿が空になってしまったことに、泣きかぶるをした。
「任務の使命より、目先の食欲。相変わらずだな」
涼やかな声色の、七三分けで紺色の髪の青年が愛想笑いをしながら、バースに〈ローストずんぐりポーク〉が盛られている皿を差し出した。
「セイ、今回おまえを捲き込んですまなかった」
バースは青年から皿を受け取ると、手に持つフォークで料理を塊のように何重にも刺すと、がつがつと咀嚼した。
「逆だ。俺は、おまえを利用してる。すべてに繋がる【此所】を、俺はこの目で見たかった」
セイと呼ばれた青年は、手に持つ紙コップの中身を飲み干して、くしゃりと握り潰した。
「どうする? おまえがその気なら、俺の部隊とは別行動をおまえだけでするのは構わないぞ」
バースは「ごくり」と、咀嚼した料理を飲み込んだ。
「ははは、俺はそこまで無謀じゃない。やったところで返り討ちを喰らうのがオチだ」
「そうか、ならば遠慮なくおまえを宛にするぞ、セイ」
「ああ、任される。ただ、ひとつだけ頼みがある」
「おう、頼め」
「俺を呼ぶのは、おまえがいる世界での“名”で、だ」
「了解だ“オカムーラ”」
ルーク=バースは青年と拳を合わせて、腕を絡めたーー。
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この人たちは父、ルーク=バースのもとに集った。
カナコは〈拠点〉の広場で食事を堪能する派遣部隊を、建屋の窓を透して見ていた。
体調が優れないホルン=ピアラの傍を離れるわけにはいかないと、カナコは建屋の中で夕食を摂ると、ロウスに申し出た。
「カナコ、食べなさい」
ロウスはトレイ乗せて運んできた料理を、部屋に用意していたテーブルの上に置く。
「うん、ロウスおじさん」
「ピアラにはオートミールを用意した」
「さすが、おじさん。ピアラ、こっちにおいで」
カナコはテーブルの上にならぶ料理が盛られる皿から〈ぱたぱた魚のフライ〉を、フォークで刺すと小皿に移した。
「いただきます」
部屋で横になっていたホルン=ピアラは起き上がり、カナコの隣の椅子に腰掛けると木の匙を掴んで器に入っているオートミールをすくった。
ホルン=ピアラは、オートミールを口含んだ。
最初はゆっくりと咀嚼していたが、次々と匙ですくってを止めることもなく、器の中を空にした。
「あのう、おかわりを……。」
「そうか。そう、言ってくれて嬉しいさ」
ロウスは笑みを湛えて、部屋を出る。そして、オートミールが入っている鍋を持って戻ってきた。
「いいな、ピアラ。おじさん、わたしも食べたい」
カナコはスープカップに入っている〈岩カボチャのポタージュスープ〉を啜りながら言う。
「おいおい。食欲があるのはいいが、大丈夫なのか」
ロウスはホルン=ピアラにオートミールのおかわりを器によそって渡すと、カナコに愛想笑いをして見せた。
「おじさんが作るご飯は、本当にどれも美味しいもん。食べられるうちに食べるの」
カナコはロウスから器を受け取り、オートミールを食べきった。
そして、テーブルの上に置かれていた皿の中身は、すべて空になった。
「ごちそうさまでした」
食後にふるまわれたミルクティー飲み終えたホルン=ピアラは、嬉しそうにロウスへと挨拶をした。
「ピアラ、食べる元気が戻ってよかったな。ところで、カナコ。おまえ、俺たちと【国】に残るを選んだのだよな」
「そうよ、ビートとハビトも一緒よ」
「タクト、随分と怒っていたぞ」
カナコは牛乳を飲むのを止めて「むっ」と、頬を膨らませた。
「タクトの馬鹿。文句があるなら、わたしに直接言えばいいのよ」
「バースにも喰って掛かっていた。何故、残ることに反対をしなかったのかと、取っ組み合いをするほどにだ」
カナコは「え」と、驚きを隠せないさまになった。
タクトが、父と喧嘩した。
ずっと想像をしたことがなかった。
父は、タクトと喧嘩する。
あのふたりが喧嘩をすることがある。カナコは、はじめて知ったーー。




