52両目
タッカが〈拠点〉に連行してきた男が明かした《奴ら》の実態の一部を聴いた、アルマの胸の奥は押し潰されそうだった。
震える指先、縺れる足元。自身がこの状態だ。
タクト=ハインは“事実”を承知して《奴ら》の懐に入るを決めたのだろうか。
夫、ルーク=バースは“事実”を知っているのだろうか。
アルマは〈プロジェクト〉メンバーが待機してる部屋の扉を開こうと、ドアノブに掌を添えていた。
「こいつ、俺たちを嵌めやがった」
タッカが怒りを膨らませて戻ってきたと、アルマははっと、我に返った。
タッカは男の襟首を掴んでいた。
男がタッカの掌を振りほどこうと藻掻く姿にアルマは呆然となった。
「どういうことだ」と、アルマはやっと息を吸い込み、男を問い詰めた。
「間違いなく、消滅を選んだ。だが、次に目を覚ましたら、ご覧の通りだった」
「爆発の衝撃は、建屋の中にいた我々にもはっきりと受けていた。消滅の振りをして《奴ら》へと戻り、我々の情報を吐くで首を繋げようと目論んだのだろう」
タッカは男の足首を褄先で払い除け襟元を掴むと床へと押し込み、さらに馬乗りになって男の手足を拘束しようとしていた。
ーーおい、タッカ。折角の参考人を手荒に扱うなよ……。
タッカは綱を握る右の手首を掴まれる握力に耐えきれず「うがっ」と、呻いた。
バースが帰ってきた。無事な姿に安堵をしたいところだが、この状況に夫のルーク=バースが絡んでいると察したアルマの顔は強張っていた。
「腹へったから。もとい、敵陣に乗り込むにはそれなりの準備が必要だからだ。そしたら、そいつが妙なことをおっ始めようとするところだったから、俺が時間を止めて阻止した」
「“時間停止の力”で、カピバラの消滅を止めた。カピバラが所持していた“消滅の機具”を奪い取り、処理した。手順を過っていたらバース、おまえが巻き添えになっていたのだっ!」
「ははは。そう、怒るな。おかげで“事実”をブッ潰す為のナビゲーションが消えずにすんだのだぞ、アルマ」
「甘い考えだ」と、バースの掌を振りほどいて口を突くタッカは、建屋の奥の部屋に入った。
「いやなやつうぅうう」
ぱたりと、しまる扉越しにバースは「べ」と、舌を出す。
======
ルーク=バースはふたりの男から《奴ら》に関する聴取をして、事前に報告を受けていた内容と一致しているのかを確認した。
「貴重な情報の提供、心より感謝を申し上げる。そして、ご苦労だった。時が許す限り、此所で手足を伸ばして過ごすをしてくれ」
ルーク=バースのぞんざいな物言いに、ふたりの男は呆然となった。
「何故、我々に慈悲深い扱いをされるのですか」
恐る恐ると《奴ら》側の男が切り出した。
「だって、あんたら生きているだろう」
バースは「にっ」と、笑みを湛えると、男たちを置いて部屋を出る為に扉を開いた。
バースは扉を閉める。
俯いて、じっと立ち姿を僅かにするとばっと、顔をあげた。
「待ってろ、俺がこの手であんたをブッ潰す」
ルーク=バースの、本気の呟きだったーー。
======
カナコは〈プロジェクト〉メンバーと共に陽光隊の拠点にいた。
〈育成プロジェクト〉から解放されたという安息感になれなかった。メンバーと過ごす部屋の外がざわざわと、騒々しい。壁が崩れるかと思うほど、建屋が揺れた。
何かが起きている。しかし、部屋を出てまで起きた出来事を確める勇気はなかった。
今は護られたい。もう、自分から動くはしない。
〈育成プロジェクト〉に連れ戻されるのではないかと、カナコはメンバーと共に怯えていた。
ーー私だ、中に入らせて欲しい。
扉をノックする音がして、呼び掛ける声が聞こえた。
母の声だ、カナコはぶるぶると震えているホルン=ピアラをシャーウットと両手で包み込んでいた。
「いいけど、ピアラが大変なの」
カナコはホルン=ピアラから離れるをせずに、扉越しで待っているアルマへと呼び掛けた。
ーー解った、直ちに診る。だから、このドアを開けるのだ。
扉に鍵を掛けていたことを、忘れていた。
「ハビト、お願い」と、カナコは代わりに扉を開けるようにと、ハビトを促した。
「体調が優れないのは、他にいるか」
部屋の中に入ったアルマは真っ直ぐとホルン=ピアラへと向かい、腕の中へと手繰り寄せた。
「ナルバスが喉が乾いていると言っていた」
壁に背もたれして、膝を抱えるビートが細々と声を発した。
子ども達を〈有明の原〉から救出したまではよかった。
アルマは今の子ども達の様子が痛々しいと、涙が溢れそうだった。
今まで気を張りつめていた分の反動が表れている。いつ、また何かに捲き込まれてしまうのではないかと、彼らは怯えているのだろう。
早く、親元に帰してやらなければ。子ども達の一番の安らぎの場所は親元だと、アルマはホルン=ピアラを介抱しながら思考を膨らませていた。
小型通信機の着信音が聞こえて、アルマは咄嗟に子ども達の顔色を伺った。
「驚かせてすまない」
シャーウットが身震いをしているのが見えた。
物音に過敏な反応を示すほど、子ども達が疲れきっているのがはっきりとしたアルマは通話を手短に終わらせ、小型通信機を腰に装着しているホルダーにし舞い込む。
一方、カナコは母、アルマの通話に耳を傾けていた。
ーー待て。私も同席するから、まだ始めるな。
母はそう言って、通話を終わらせた。父と母の“仲間”を交えての話し合いをするのだと、カナコは臆測をした。
ホルン=ピアラは、アルマの腕の中で寝付いていた。
カナコは部屋の納戸に寝具が仕舞ってあるのを思い出して、ホルン=ピアラを寝かせる為の寝床を用意した。
ーーカナコ、今すぐとは申さない。そなたたち〈プロジェクト〉メンバーが【国】に残って我々に同行するか【国】からの撤退の選択を委ねる……。
凜と、澄みきる声をカナコに残して、アルマは扉を潜り抜ける。
扉が閉まる音。
じんじん、と。耳の奥で、鳴る虫の声のような響き。
母は、仲間と共に“戦う”を決めている。母は、娘である自分の性分を知り尽くしている。
黙っていてもくっついていく。母は、先の先を読み取ったから“選択”をせまった。
“護られたい”と。願ったことを、母にうち明かさなくてよかった。
「わたしたち、しくじったりしないので」
カナコは前髪を掻き分けて、つん、と澄まし顔をしたーー。




