51両目
ジオが〈プロジェクト〉メンバーに試練を与えたのは“力”を熟させる為。熱く熔けた鉄を打ち、硬く加工させるかのようにジオは〈プロジェクト〉メンバーを鍛えた。
タクト=ハインは〈育成プロジェクト〉の詳細を《奴ら》から聞かされていなかった。ジオが指導者だということも同じくだった。
解っていたのは《奴ら》の真の目的が己れだった。気付かれずに目的を達成するのは〈育成プロジェクト〉を表向きにするのが《奴ら》の企てだった。
ジオは《奴ら》の企てを知って、撹乱させる意図を兼ねての“実習”を実施したのだろうか。
真実をジオから訊くことはもう、出来ない。
ジオと出会うのがあと少し早かったら、ジオに“生きる”を選ばせた。
タクト=ハインは床に飛沫したジオの“粉末”を一掴みして、小瓶に詰めたーー。
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〈宇城の大野〉に2名の陽光隊隊員と侵入したルーク=バースは騒ぐ人の波を掻き分け、押してと蹴散らしていた。
「バース、派手に事をやらかすなっ!」
タッカはスパナを振り回す男に足払いで転倒させると、ルーク=バースへと駆け寄った。
「要らぬ世話だ。こいつらに穏便な対応は通じない」
バースはタッカの目の前で、金槌を掴む小太りで中背の中年男へと背後から回し蹴りを仕掛けた。
「あんちゃん、俺たちを舐めるな」
男はバースの脚を両手で掴み、足元を踏ん張らせて腕を振り上げる。
バースの身体は男を軸にして右へと旋回して宙に舞う。そして、左後方へと身体を捻らせ両足で着地した。
「大将、この人たちと一緒にパカポカばかりしてたらダメでしょうっ!」
反撃をしようと身構えるバースの襟首を、ザンルが背後から掴む。
「おまえもかよ、ザンル」
「当たり前でしょっ! アルマちゃんだって、きっと同じことをいうわっ!!」
何故、そこでアルマが出てくると、バースはむすっと、顔をしかめた。
「バース、ザンルの言う通りだ」
タッカが北東の方角を見ろと、バースに促す。
バースが目を逐ったのは〈不二の内郭〉がある方角の、肉眼でも見える上空へと昇るどす黒い噴煙。
「事故か?」
「わからん。どうする? バース」
火災が発生しているのだろうか。
此処では状況が掴めないが、近付くは出来る。
バースは、タッカの促しに賛同した。
「ああ、そうだな。正面から堂々と入り込めそうだ。タッカ、軍本部に【国】への派遣部隊出動を指示しろ」
「おいおい、それは貴様の仕事だろう」
タッカは呆れた顔付きでバースに口を突いた。
「俺からの指令だと付け加えれば良いだけだ」
バースは左手首に巻く“力”の制御装置を操作して“橙の光”で全身を輝かせた。
「管理は得意じゃない、それが貴様の口癖。そんな貴様が軍司令官とは、下位の者が頭を抱えるぞ」
「それは、おまえだけだ。俺はザンルと先に〈不二の内郭〉に突入する。陽光隊への指示は俺がやるから、事態に備えての段取りの指揮はタッカがやってちょうだい」
ーーひゃっほう。
バースは歓喜の声を高らかにさせて〈不二の内郭〉の方角へと駿足した。
「アラアラ、困った大将ネ。でも、お言葉に甘えてタッカに任せるワ」
ザンルはぽんっと、タッカの肩に右手を乗せると、バースに続けと走り去った。
タッカは、わなわなと握りしめる拳を震わせていると、後頭部にごつりと固い衝撃を覚えた。
ーー貴様らっ! この馬鹿げた騒ぎを止めろっ!!
タッカは乱闘している人の波に向けて“緑の光”を解き放して、なぎ倒したーー。
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バース達の情報は、当然〈大牟田の口〉で待機している陽光隊達にも伝わる。
《奴ら》が本性を表した。
《奴ら》の企ては、最終局面に入った。
忠誠を誓った部下さえも“道具”として扱う。非道な手段を選ぶに《奴ら》は躊躇わない。
〈宇城の大野〉での乱闘は《奴ら》にすれば、表向きの口実となる。内部事情に詳しく、しかも不感な思考を膨らませる者を直接手に掛けることなく、始末が可能の筈だ。
タッカは乱闘を起こしていた対立者を一人ずつ取り押さえて〈大牟田の口〉に連れてきた。そして、双方の言い分を〈プロジェクト〉メンバーを〈有明の原〉から救出して戻ってきたアルマを交えて聴取するに至った。
“ハ・ラグロ計画”で使用する為の燃料である資源が地質調査で掘り当てられていた。男は《奴ら》の指示で、スタッフと共に地質調査チームと入れ替わって〈宇城の大野〉に入り、資源回収をする予定だったと打ち明かした。
一方、調査チーム側の男は現地入りした《奴ら》の部下の一部が武器を所持していたことにに違和感を覚えた。
調査チーム側の男は直感した。こいつらは、此所で俺らを封じる。抵抗するしないに関係なく、此所での情報が外部に漏れるのを阻止する為にだと。
男は“力”を持っていた。拳を握りしめて地面に亀裂を生じさせ、砂状にと変える。足場をとられる《奴ら》の部下のひとりが威嚇射撃をすると、砲弾が調査チームのひとりに命中してしまったーー。
「乱闘の引き金は、カピバラ面の下っ端。完全に、カピバラ面側が首を絞めた」
アルマは《奴ら》が〈宇城の大野〉に送り込んだと思われる男を動物に例えて口を突いた。
男は顔をくしゃりと萎め、アルマへと拳を振り上げようとしていた。
「おっと。女性に暴力を振るうとするならば、我々は容赦なく貴様を始末する」
アルマを背後にしたタッカが、男の顔に銃口を突き付けた。
「退くのだ、タッカ。例え受けてもわたしからすれば、どうってことはない」
「危険だ、アルマ。黙って女性らしさを強調させとくのだ」
何のことだと、男は呆然となる。そして、がたがたと全身を震わせた。
「兄ちゃん、あんたが仲間のところに戻っても居場所があるは期待出来ない。生きたいならば、この人たちにおとなしく引っ付け」
がたいが大きく、強面の男。調査チーム側の男がふんっと、鼻息を噴く。
「間一髪で、免れたな。カピバラ、この親父に感謝するのだ」
拍子抜けと云わんばかりのアルマは、握りしめていた拳を壁に叩きつけた。
「〈不二の内郭〉を落としてくれ。いや、貴方達がいう《奴ら》の腐った組織体制を潰して欲しい。もっといえば、あいつをだ。我々を牛耳っている《奴ら》の頂点でのさばっているあいつをーー」
男は《奴ら》を仕切っている、云わば《奴ら》の上役の名を言う。
アルマはかっと、目蓋を開く。
「ほざくなっ!」
アルマは堪らず、男の胸座を掴んで叫んだ。
「動揺しているということは、あの方をご存じなのですね」
「黙れっ! カピバラ」
「ご子息様はお二人いらっしゃる。奥様はかつて【此所】で我々の業務の責任者をされていたが、お亡くなりになったと聞かされております」
「言うなっ! カピバラ」
ーータクト=ハイン。そう、あの方のご子息様のお名前です……。
「待てっ! カピバラッ!!」
男はアルマの掌を振りほどき、建屋を出る。アルマは追い掛けようとするが、タッカに腕を掴まれ阻止されてしまう。
「タッカ、止めるなっ!」
「追うなっ! 奴は自らを犠牲にせよと《奴ら》に仕込まれていた。俺達を捲き込ませないと、奴の良心の滑車が動いたからだっ!!」
タッカはアルマを抱え、床に伏せる。
ずんっと、胸の奥までを抉るような振動と、鼓膜が破れそうな衝撃音。ぱらりと、天井から舞い落ちる塵と埃。
「……。タッカ、外の惨劇を確認してくれ」
アルマはタッカを促すと、建屋の奥に待機させている〈プロジェクト〉メンバーの傍へと向かったーー。




