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50両目

 タクトがいる。また、会えたのは嬉しいが、第一声を発した相手がハビトだったことにカナコは寂しさを覚えた。


 真っ先に、此方に来てほしかった。

 確かにハビトへと想いを傾けてしまったが、タクトとの繋りまでを断ち切ったわけではなかった。


 父と母の大切な人には変わらない。しかし、タクトには、大切な心を決めている相手がいる。


 タクトを忘れることに、カナコの心が揺れていたーー。



 ======



「タクトさん、ご無事でよかった」

 タクト=ハインの後ろにいたビートは、安堵の面持ちで声を掛けた。


「ああ、ビート。それにしても、厄介な事態だね」

「はい。色々とお話ししたいことが沢山あるのですが、それは“今”を終わらせてからにと、いうことで」


「了解」

 タクトはハビトの手を離して、綱を強く握りしめた。


「ふん、貴様が〈プロジェクト〉メンバーの引率者、タクト=ハインか。だが“これは(実習)”こいつらでやり遂げなければならない。今すぐ、退け」

 細面で丸渕眼鏡、黒い短髪のジオがタクトへと荒げて口を突いた。


 タクトはむっと、顔をしかめた。


「ハイン先生、あいつは〈育成プロジェクト〉の指導者、ジュー=ギョイン。カナコはあいつが嫌いで、とことん抵抗をしていた」

「カナコの天敵か。あのカナコでも梃子摺るとは、かなり厄介な奴なのだな?」


 タクトは笑いたかった。しかし、ハビトがいう奴の言い方が気になって〈プロジェクト〉メンバーの傍を離れるをした。


「みんな、すまない」

 タクトは〈プロジェクト〉メンバーに向けて、頭を下げた。


「大丈夫です。タクト先生、僕らが今やるべきことを見守ってください」

 ナルバスは笑顔を溢して、タクトに拳を掲げる仕草を見せた。


「ホラ、カナコからもタクト先生に何か声を掛けてよ」

 つんつんと、カナコの背中にシャーウットが指先を突く。


「……。わたしたち、しくじったりしないので」

 カナコはタクトをきっと、睨み付けた。


 引っ張りあげ、引き摺られて。

 カナコたちが象らせた“光の綱”の輝きが乏しくなっていた。


 ぎすぎすと、音がする。綱が千切れそうだと、タクトは手が出せないことが歯痒かった。


 どうにかして〈プロジェクト〉メンバーを有利にしなければならない。


「ジュー=ギョイン。おまえは、何のためにこんなことを僕の“教え子たち”に、強いているのだ」

 タクトはジオに訊ねた。すると、ジオの顔つきはたちまち厳つくなった。


「要らぬ質問だ。そして、答えるはしない」

「今一度、訊く。この情況の目的を言えっ!」


 叫ぶタクトに「ちっ」と、ジオは舌打ちをした。


 微かだが、奴が怯んだ。

 タクトは形勢逆転の瞬間が来たと、確信した。


「今だっ! 一気に綱を引きなさいっ!!」


 〈プロジェクト〉メンバーは、タクトの促しに“光の綱”をかたく握りしめ、ぐっと、腰を落とす姿勢をとった。


 ーーせぇーのぉおおっ!!


 〈プロジェクト〉メンバーは一斉に叫び“光の綱”を引く。


 ジオは足元を縺れさせ、体勢を整えようとするものの巻き付く“光の綱”ごと、身体が宙へと舞い上がる。


 ジオの浮き上がった身体は一度静止して、巻き付く“光の綱”が解れると、床へと垂直に落下した。


「本当に、やり遂げた……。」


 ジオは落下の衝撃で、直ぐに起き上がることが出来なかった。その最中で、ジオが声を搾らせて〈プロジェクト〉メンバーへと右手を掲げて見せていたのであった。


 “光の綱”は、瞬きを失っていなかった。

 カナコはずるずると、綱を引き寄せて先端に絡み付く、くすんだ茶色で楕円を象った固形物を振り子のように揺らした。


「これがジオの中に埋まっていた“装置”なの?」

「取り出したまではよかったが、どう対処すればいいのかは、奴に訊くしかない」


 ハビトは絡み付く綱を解き、固形物を手に取ると仰向けになって横たわっているジオの傍に向かった。


「まだ、足りないのか? オレを仕留めるが、おまえには足りないのか」

「あんたを倒すなど、何も得にならない。こいつの扱い方だ」


 ハビトは、ジオが震わせて指差す先を目で追った。


「ハイン先生に、渡せばいいのか?」

「奴が()()()の……。こいつがそうかと、直ぐにわかった。此所に奴がやって来たということは《奴ら》は“ハ・ラグロ”の燃料回収をしくじった。それがなかったら、()()()に“輪っか”を填めたまま、オレがモノにする筈だった」


 話しがちぐはぐしている。と、ハビトは腑に落ちなかった。


「ジュー、あんたは個人的な感情も混ぜての“実習”をオレたちに強いたのか?」

「オレの中の“装置”は、オレでも鬱陶しかった。だが、()()()をモノにするには、うってつけの道具だと。取り除くだけでも十分だった」


「呆れた、言い分ね。脅して誰かを振り向かせる。わたしには、そう聞こえたわ」

「……。卑怯だと、思われても仕方ないな」


 カナコもジオの傍に寄っていた。そして、ジオはカナコの顔を見上げていた。


「ハイン先生」と、ハビトは愛想笑いをしながら“装置”をタクトに差し出した。


 頭の中がこんがらがって、何をどう言うべきかが思い付かない。

 タクトは複雑な面持ちで、ハビトから“装置”を受け取った。


「……。()()を取り合うならば、正々堂々とするのが“男”だと、僕は思う」

 漸く思い付いた言葉に呆れた。と、タクトは息を大きく吐いた。


 ーーもう、そんな余力はオレにはない。少しの間、眠ることにする……。


 ジオは静かに息を吸い込み、ゆっくりと吐く。


 ジオの目蓋が綴じられ、身体が褄先から毛髪にかけて石膏のように変わる。


 そして、砕け散ってしまうと灰色の粉塵となって床に飛沫されたーー。


 タクトは、思った。

 ジュー=ギョインに“闇”が蝕んでいた。それでも歪んだ“情”だったが、誰かを一途に想っていた。

 “器”が保っていたのは、ジュー=ギョインの中にあったわずかな“情”だった。


 ジュー=ギョインは、誰かに“闇”を取り除いて貰うと、思わなかったのだろうか。

 今となってはどうしようもない上に、本人から聞くことは、二度とない。


「ジュー。キミと出会うのは、遅すぎた」


 タクトは“装置”に“蒼の光”を浴びせると、くしゃりと飴細工が溶けるように萎み、タクトの掌の上に残る塵が“光”に混じって空中に散布された。


 一方、同じ頃だった。



「リレーナ、姿勢をしゃんと伸ばすのだ」

「ごめんなさい、アルマさん。どうしても涙が止まらないの」


「気付けなかったと、己れを責めるな。おまえは、タクトを愛している。その事実を、誰も攻めることはできない」


「……。はい」


 設備の扉前で、アルマになだめられるリレーナは“輪っか”が外れた左手首を指先で何度も擦っていたーー。

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