5両目
カナコは列車の通路を駆けていた。
扉を開いては車両と車両を繋ぐ連結部分を跨いで、前へ前へと走った。
カナコは“感知”をしていた。だから、絶対に会いたいと。迎えるには自分が其処にいなければならないと、真っ直ぐと走り続けた。
幾つもある車両を駆け抜けたカナコは“会える場所”となる、車両の手前で立ち止まった。
カナコは吸っては吐いてと、深呼吸を何度もする。そして、直立不動の姿勢で、車両のドアノブを握りしめた。
車両の扉を開くと「よっ!」と、満面の笑みを湛える男と目が合う。
「お父さん……。」
カナコは男をじろりと、見つめた。
「どうした? カナコ」
男は口を開いて〈ズングリポーク〉のハムと〈ベラーレタス〉を具材にしてるサンドイッチを頬張ろうとしていた。
「バースさん、カナコはあなたの緊迫感がない様子に拍子抜けたのです」
「何で? そうなのか、カナコ」
怪訝な顔をするタクトに腕を掴まれた男は、カナコに訊いた。
ーーどっちも、あんぽんたんっ!!
カナコは頬に息を溜めて、一気に吐き出したーー。
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カナコ達は〔通信室〕である車両にいた。
カナコが思い描いていた“久しぶりに会う父”の像は勇ましくて逞しいと、勇猛果敢が溢れている父親の姿だった。
しかし、虚しくもカナコの“父親の像”は、砕かれてしまった。
久しぶりに会った父親は、たまに家で休暇を堪能する“父そのもの”だったと、カナコは“父親の凛々しい姿”を思い描いたことに後悔をした。
「がふり」と、溜めた息を吐くバースの仕草に、カナコは顎を突きだして訝しい目付きを剥けた。
「バースさん、もう少し上品にされてください」
タクトは紙コップにインスタントコーヒーの粉末を入れて、ポットからお湯を注ぐとバースへと差し出した。
「気にするな、気楽にいこう」
バースはタクトから紙コップを受けとると、中身を啜った。
「カナコも飲む?」と、タクトが訊くが、カナコは厳つい顔をしながら首を横に振った。
「ふう。タクト、ごちそうさんっ!」
バースは空になった紙コップをくしゃりと、潰して通信室の端に置かれている屑籠に投入した。
「バースさん、わざわざあなたが。軍の司令官が自ら『現場』に来られたことに、感謝を申し上げます」
バースにお辞儀で礼を示したタクトは、顔をあげるとカナコをちらりと、見た。
「わたしがいると邪魔。そうなのね? タクト」
「違う。これから大切なお話しをお父さんとするから」
「どっちみち、わたしは邪魔ということでしょう?」
「はいはい、ちょっと待ったっ!」
バースが手を叩いて、タクトとカナコのにらみ合いを阻止した。
「すいません、バースさん。カナコについてくるなと僕は言ったのに、結局来てしまったものだからーー」
タクトはバースを見てぞくっと、身震いをした。
バースの目付きが鋭いと、そんな時のバースは“本気”だと。容赦なしだという合図だと、タクトは胸の奥にしまっていたバースについての記憶を甦らせた。
「カナコ、おまえはこの列車が今どんな状況下になっているかは知っているだろう? タクト、おまえは今、民間人だが軍人の時期があった。かといって、がっちがちになる必要はない。俺が着込む“陽光”の服は、おまえ達と同じ位置でいる為の、俺の意志だ」
「お父さん?」と、カナコは目を丸くさせた。
「おかえりなさい。バースさん《陽光隊》再結成ですね?」
「期間限定だがな。頼むぞ、タクト」
「了解っ!」
タクトはバースに敬礼をすると、通信室を後にした。
「はあ?」
カナコは口をぽかりと、開いていた。
「カナコ【ヒノサククニ】に行くぞ」
バースは柔らかな口調と穏やかな眼差しをさせて、カナコの肩に掌を押し込んだ。
カナコはバースを見上げた。
曇りがないベージュ色の瞳、瞳と同じ色の獅子の鬣のような髪。
そして、白と蒼を基調にした“陽光”の服を身に纏うバースの姿を、カナコはバースのひとつひとつを目で追った。
「うんっ!」
カナコは微笑み、頷いたーー。
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大地は、漆黒の闇に包まれていた。
列車は未だに停車をしていた。それでも車内では、特に集われた子ども達に変わった様子はなかった。
「そうか……。」
「結構、冷静ですね。此方がある意味で心配になりそうです」
夕食らしき食事を終えた子ども達とは入れ替わるように、食堂車両にいたのはバースとタクトだった。
バースはタクトから子ども達についての報告を受けて安堵をするが、タクトは半ば不安げだと吐露したのであった。
「何か気掛かりなことがあるのか?」
「あげたら切りがないですけどね。先ずは、列車を走らせる為の突破口を見出だすには。と、いうことです」
「ええっ!? つまんなぁああいっ!!」
バースはスプーンの先を咥えながら、テーブルの上に肘を付けて、頬杖をした。
「バースさん。また、カナコに見られたらーー」
「けちけちと、言うな。見られたからって、減るものじゃないっ! あ、すまないが〈ざっくりパイ〉のおかわりを頼む」
ーーないですっ!
ーー食糧だったら、持ってきたっ!!
ーーそういう問題ではありませんっ!!!
「ロウス、ついてきてくれたもん……。」
「はい?」
咥えていたスプーンを口から抜くバースの呟きの意味を確めるために、タクトは厨房を覗いた。
「久しぶりだな、タクト」
タクトは、声が出なかった。
厨房に立つ男がいた。長身でグレー色が混じる黒の短髪、かける眼鏡は楕円形の細いフレーム。
男はオーブンで焼いた料理を皿に盛り付け、トレイに乗せるとカウンター越しでタクトに手渡した。
タクトは、目の前にいる男を知っていた。
『あの頃』も、列車の料理番。男が作る料理に誰もが舌鼓をしていた。
ロウスが本当にいるという現実を、タクトはじわりと、涙ぐみながら受け止めた。
「タクト、奴らが揃ったら“作戦”会議だ」
バースは〈ざっくりパイ〉を片手で持ち、頬張ったーー。