49両目
カナコは〈プロジェクト〉メンバーとビートの中にいた“音波のうなり”を解き放した。
ハビトの判断は、間違っていない。
“設備”の仕組みを“音波のうなり”によって、解することが出来た。
しかし、真相はあまりにも衝撃的過ぎた。
ジオそのものが“設備”の本体だった。
どうすれば、どうやって。
ジオの挑発的で悍ましい顔付きに、カナコの震えは止まらなかったーー。
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“音波のうなり”の正体は、カナコとビートの父親、ルーク=バースから切り離された“本来の時の刻み”の象。
ハビトはそれを知っていた。
ビートはハビトが自分の中にいた“音波のうなり”の存在をいつ、何処で見抜いていたのだろうかと“設備”の本体よりも、思考が優先になっていた。
「ビート、個人的な思考を閉じろ」
ハビトの叱咤だった。
ビートは、はっと、我に返る。
ーーオレはおまえから切り離されたんだ。もう、おまえに戻るは、ない。オレをどう使うかと考えるのが、おまえだ。
まるで、起爆剤の発火操作を押し付けられたようだと、ビートは“音波のうなり”と目を合わせるが、言い返す為の言葉が浮かばなかった。
『だから言っただろう。俺が“音波のうなり”を被ると、な』
ハビトはビートを背後にして“音波のうなり”を見据えた。
『ふん、あんたは“時切り”で創られた。立場はオレと似ているだろうが、それだけの理由で易々とオレを被ると口にするな』
ハビトは“音波のうなり”と“同調”していた。
お互いを見据えての『会話』は〈プロジェクト〉メンバーに聴こえるはなく、沈黙の状況として、目に映っていた。
『“負の時の鎖”を断ち切る。その為には“波長”が同等の俺と貴様が連動するしかない』
『良いのか? あんたはやっと自由を手にすることが出来るのだ。先の先のこれからを、あんたは手離すことになるのだぞ』
『《奴ら》によって“時の刻み”を翻弄されるのは《奴ら》に“時の刻み”を翻弄された俺たちで終わりにさせる。なら、どうだ』
ハビトの“同調”の口の突き方に“音波のうなり”は目蓋を綴じてゆっくりと息を吐いた。
ーーやっぱり、断る。あばよ……。
“音波のうなり”は、全身を“橙の光”で輝かせた。
身体が突き上がるような、足元が揺れる衝撃と風圧。
「カナコッ!“暁の風”を吹かせて“音波のうなり”を取り押さえろっ!!」
ハビトはカナコに叫んで促した。
「そんなこと言ったって、ビートの“波長”を捉えられないっ!」
カナコは、風圧と振動から床に伏せて堪えていた。
「ビートッ! おまえは奴の“波長”を覚えている筈だっ!!」
「切り離された時点で、ビートの全てが消えた。お姉ちゃんと同じで、ぼくでもわからないっ!」
「畜生……。」
ハビトは、風圧と振動に堪えながら悔しさの感情を剥き出した。
ーーふははは、はははは。いいぞ、いいな。もっと、苦しめ。もっと、藻掻けっ!
ジオの勝ち誇る笑い声が聞こえる。
“音波のうなり”が、ジオに立ち向かって破れた。ハビトは、ジオの狂喜乱舞の声がそれを証明したと、頬の裏を噛み締めた。
「おまえたち、オレがジューを食い止めている隙にここから逃げろ」
ハビトは口の端から血を流していた。そして、拭うこともせずに〈プロジェクト〉メンバーへと促したのであった。
「ハビト、馬鹿なことを言わないでっ!」
風圧に揉まれながら両足を踏ん張らせるカナコは、ハビトの傍に辿り着いて腕を掴んだ。
「オレは《奴ら》が創った“人形”だ。この馬鹿げた状況を終わらせる責任は、オレにある」
「違うっ! ハビトの考えは、間違っているっ!!」
ハビトはぐっと、顎を引いた。
「装置の本体だとわかったジオを“情”で止めようと言ったのは、ハビトよ。みんなで“実習”を終わらせるの。終わらせて、ハビトもみんなと一緒に帰るの」
カナコはにっと、笑みを湛えていた。
帰る場所がある。
カナコが言う『帰る』の意味は、このことなのか。
ハビトの胸の奥はじんと、熱くなっていた。
終わらせて、始まりを始める。
これまでにない“感情”が、自分の中にある。
ハビトは、カナコへと静かに頷いた。
「カナコ。ボクたちの“力”を重ね合わせ、ジューの中の“装置”を停めるは、どうだ?」
「やってみよう。絶対に、うまくいくわ」
〈プロジェクト〉メンバーは、ハビトが差し出す掌に掌を重ね合わせていった。
ーーオレも加えろ。あんたたちの“力”にバネを利かせてあのおっさんにぶち噛ましてやる。
“音波のうなり”の声がする。
ハビトは、驚きを隠せないさまになった。
「消えてなかったのか?」
ーー意気がったが、ご覧の通りだ。
「……。呼吸を整えろ」
ハビトの合図で子ども達は掌から各々の“力の光”を輝かせると帯状で宙へと舞い上がり、螺旋状に束ねられた、綱を象った。
“音波のうなり”は“光の綱”の端を握りしめ、飛翔した先にいるジオの胴体に綱を巻き付かせた。
「小賢しい“力の束”が、オレに……。オレを貫くは……。ないっ!」
ジオは巻き付く綱を千切ろうと、掴んで藻掻いていた。
ーーおまえら“綱”を引けっ!
“音波のうなり”の促しに、子ども達は一斉に“光の綱”を掴み、足元を踏ん張らせた。
ぎすぎすと、綱の軋む音。ずりずりと、靴底が床と摩擦されての熱と振動。
カナコはメンバーの先頭で“光の綱”を握りしめていた。
「ハビト。わたしたち、ジオに引き摺られている」
「諦めるなっ! 腰を落として“綱”を引くのだ」
ジオの剛力にカナコは堪らず弱音を吐き、ハビトが叱咤した。
手が痛い、足を踏みつけられた。
ナルバスとシャーウットが次々に“不調”の口を突く。
「わたしが“力持ちのモノ”を“召喚”するのは?」
「ピアラ、この“綱”はぼくたちの“力”で象らせたのだ。だから、ぼくらで握って引っ張るをしないといけない」
ホルン=ピアラの提案を、ビートが拒む。
「綱を、離せ……。」
ジオは、悍ましい声色と顔つきをしていた。
綱が胴体にくい込むと、息を荒げて〈プロジェクト〉メンバーに抵抗した。
確かに、反応がある。しかし、ジオを完全に落とすまでは、いかない。
ぐっ、と身体が前方へと引き寄せられる。
〈プロジェクト〉メンバーの体力は限界状態だと、ハビトは悟る。
無念。
ハビトは〈プロジェクト〉メンバーよりも真っ先に“光の綱”から掌を解こうとした。
ーー『諦めるな』と、発破掛けた本人が、諦めてどうするの?
ハビトが離そうとしていた掌に、掌が被る。
あの人が、いる。
今の“出来事”で無我夢中だった。しかし、必ずまた会えると強く希望を抱いていた。
「ハイン、先生……。」
ハビトは、タクト=ハインと掌を重ねて“光の綱”を握り直したーー。




