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48両目

 カナコが目を開けない。

 カナコが呼吸をしていない。


 こうなる前に、早くカナコを止めていたら。

 ハビトは徐々に冷たくなるカナコを抱き締めたまま、震えていたーー。



 ======



「ハビト、退くのだっ! シャーウット、ピアラ。ぐしぐしと泣くなっ!!」


 ナルバスが声を荒げてハビトからカナコを引き離した。


「ひどい、ナルバス」

 涙を溢すシャーウットは、しゃくりあげるホルン=ピアラの背中を擦っていた。


「カナコが死んだと決めつけるな。息をしていないのは、咽を詰まらせているからだ」

 ナルバスはカナコを抱えて、何度も背中を叩いた。


「はあっ!」と、カナコが口から固形物を吐きながら息を吹き返した。


 ナルバスは床に転げ落ちる暁色の球体を掌で掴む。


「カナコが発動させた“力”の反動で体内に“力の塊”が出来たのだ。本来ならば“塊”は砕けて粒子として体内から放出されるけれど、その機能が働かなかった。たぶん、この設備の“波長”が身体の機能を抑制したのが考えられる」


「……。ナルバス、お姉ちゃんを助けてくれてありがとう」

 ビートは抱えたカナコの口元を、ハンカチで拭いながらナルバスに言った。


「カナコ。責めるつもりはないが、感情任せの行動は必ず己に跳ね返る。今、僕らがやるべきことは“実習”を終わらせる為に協力し合うことだ。悪いけれど、今はカナコが溜めている感情に蓋をしていてくれ」


「解ったから、わたしの“力の塊”を返して」

 カナコは、ナルバスへと掌を差し出し、暁色の球体を受け取ったーー。



 ======



 “力”任せでは、設備を停められない。

 皮肉なことに、カナコの行動で得た見解で〈プロジェクト〉メンバーは振り出しに戻されたような状況になってしまった。


 あれほどの大騒動の最中でも、ジオは冷静な態度を示していた。

 セキュリティシステムが起動される為のカウントが刻まれるディスプレイの表示と音を止めるをするほど、ジオは甘い奴ではない。


「誰の所為で、時間のロスが発生したのか?」


 カナコがジオを睨みつけると、鼻で笑い返された。

 癪だけど、その通りだ。

 ナルバスに助けられた、シャーウットとホルン=ピアラを泣かせてしまった。


 ハビトの意外な一面を見てしまった。しかし、浮かれるわけにはいかない。


 ビートが口をきいてくれない。

 傍に寄るをするならば、すっ、と、離れるをしての態度を示してカナコを避ける。


 ーー感情に蓋を……。


 ナルバスとの約束は、破れない。

 ビートは、何かに怒っている。と、いうことにしとこう。


 カナコはハビトの掌を握っていた。

 ハビトが、掌を振りほどかない。と、カナコは溢しそうな笑顔を堪えていた。


「所詮こいつ(設備)は、人が造った機械だ。カナコ、キミが“力”を発動させて膨らました“情”を応用してみるのはどうだ?」


 カナコは、ハビトの提案に驚きを隠せないさまとなった。


「さっき、しくじったのよ」

「“不安”が原因だったからだ。今は、そうじゃないだろう?」


「うん」

 カナコは頬を赤らめさせて、頷いた。


「決まりだ。ビート、頼みがある。キミの中にある“音波のうなり”を解放して、ボクに被せてくれ」


 ハビトの催促に、ビートは顔を強張らせた。


「心配するな。ボクはもともと《奴ら》が創った“人形”だ。たとえ“音波のうなり”の思考を感知しても“同調”はしない」


 カナコは、ハビトの視線の先が左手で握りしめていた暁色の球体だと気付く。


「わたしの中にも“誰かの芯”がいたわ。たぶん、今頃新しい時の刻みの準備を整えている……。寂しかったけれど“あのこ”が決めたことだから、わたしもわたしの時を刻もうと決めている」

 カナコは、静かに涙を溢していた。


「お姉ちゃんが持っている“力の塊”は“そのこ”がお姉ちゃんに預けた“力”だと、ぼくは思う。ハビト、それだけはお姉ちゃんから取らないで」

「取って、喰うかよ。キミの中の“音波のうなり”を解放させる為に、ほんの少しだけ“力”を借りるだけだ」


「……。お姉ちゃんを、ハビトが護る。それが“()()()”をぼくから断ち切る条件だ」

 ビートは、ハビトに“男”の目をむけた。


「ああ」と、ハビトは即答する。


 父親、ルーク=バースの目だと、カナコははっと、息をのんだ。

 ビートにとって、父親の存在は大きい。勿論、カナコにとってもだ。


 ーービート、母さんと姉ちゃんを護りなさい……。


 たまの休暇で、自宅でくつろぐ父親のビートへの口癖だった。

 

ビートはずっと父親との約束を守っていたーー。


「ビート、ごめんね」

 自然と言葉が溢れる。カナコは鼻を鼻を啜りながら、ビートに暁色の球体を差し出した。


「カナコ、みんなでビートの中の“音波のうなり”と手を取り合って“実習”を終わらせよう」


 シャーウット、ホルン=ピアラ。そして、ナルバスが次々にカナコが持つ暁色の球体に掌を被せていった。


「“音波のうなり”を被るのは、ボクだけでもいいのだ」

「シャーウットが何て言ったのかを聞いていなかったのか? ハビト、おまえはビートがカナコをどんな想いでおまえに託したのか、全然わかっていないのか」


「……。うるさい、ナルバス。さっさと“()()()”を解放させる為の呼吸を整えろっ!」


 重なりあう掌に、ハビトは顔を真っ赤にさせて掌を乗せる。


「お姉ちゃん」

「オッケイよ、ビート」


 ビートの促しに、カナコは「すう」と、息を吸い込む。


 ーー暁の風よ、音波のうなりと共鳴して……。


 柔らかく、あたたかい。

 カナコが口遊む“力の言葉”で表れた光と風が掌を重ねる子ども達を包み、ゆらりと解き放される。


 ーー()()()、キミに“自由”を返すよ……。


 ビートは解き放された光と風を受け取り、言葉を紡ぐ。


 ーー自由か……。ぴんとこないが、おまえたちがやり遂げたいことに、おもいっきり加わってやる。


「上から目線は気に入らないけれど、ちゃんと協力してよ」

 カナコは顔をしかめて、うっすらと象る“音波のうなり”に口を突いた。


ーーこれが“輪っか”の装置か? おまえらは、こんなもの為にひーひーと、無駄に時間を費やしていたのか。


「どういう意味だ?」と、ハビトは“音波のうなり”に顔をしかめた。


「形は如何にもそれっぽいが、こいつはただの“飾り”だ。()()はーー」


 子ども達は一斉に“音波のうなり”の視線の先を見据えた。


「セキュリティシステムが、もうすぐ作動する。時間切れする前に、このオレをどうするのか考えるのだな」


「ジオが“装置”そのもの……。なの?」


 悍ましい顔付きのジオを見るカナコは、がたがたと、身体を震わせたーー。

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