47両目
ルーク=バースは【国】の状況を、率いる陽光隊と共に偵察を続行していた。
《奴ら》を陥落させるには、まだ情報が足りない。見切りでは、此方側が不利になる。
ルーク=バースは《奴ら》の実態が証明される瞬間を待っていたーー。
======
『隊長、何だか〈宇城の大野〉が大ごとになっているみたいだ』
〈大牟田の口〉の物見櫓からの、小型通信機を通してのタイマンの報告に、地上にいるバースは双眼鏡で〈宇城の大野〉の方角へと覗いてみた。
爆竹の音、飛び交う雑貨品に混じる岩石、風で舞い上がる土埃。そして、人と人との押し合いーー。
「タイマン、俺には運動会の予行練習光景に受け取られるぞ」
ルーク=バースは双眼鏡と小型通信機を入れ替えた。
『相変わらず頭の中が羨ましいな。乱闘だ、よくわからないが《奴ら》の内部で亀裂が生じたみたいだ。どうする?』
「どさくさに紛れて、聞き込む。タイマン、おまえは引き続き〈宇城の大野〉を見ててくれい」
タイマンとの通信を終えたバースは鼻唄を混じらせながらにやりと、笑みを湛えた。
「待て、バース」
〈宇城の大野〉へと方角を見据えるバースの襟首を、アルマが掴んだ。
「止めちゃうのね? アルマさん」
「当然だっ! その浮かれた面構えで敵の懐に入り込むは、断固としてゆるせんっ!!」
「どうしても、駄目?」
「しぶといっ!」
バースはアルマから背負い投げを受けて、背中から地面に叩きつけられた。
「大将の行き当たりばったりな動きにアルマちゃんが怒るのは当然よ。でもね、アルマちゃん、落ち着いて聞いて欲しいの。あっちにある〈有明の原〉でも、何だか騒々しいことが起きているみたいなの」
ーー要らぬ節介だっ! ザンル、あっちにいけっ!!
アルマに脚の脛を蹴られたザンルは、泣きっ面になりながら地面にしゃがみこんだ。
「よさんか、アネさん。ザンルがいうとは、ほんなこつた。あっちには、あたの娘っ子と息っ子、他所の子ったちがおる。なんか関係しとっかもしれんけん、だんなば〈宇城の大野〉に行かせてはいよ」
ザンルの脚を診るハケンラットは、アルマへと顔をしかめた。
「バース、我々に指示しろ」
アルマは、地面に寝転んでいたバースの胸ぐらを掴んで起こし上げた。
「ザンルとタッカは“闘いの力”を解放して俺に続け。タイマン、ニケメズロ、マシュは〈大牟田の口〉で待機。バンド、ハケンラット、ロウスは〈有明の原〉にいる〈育成プロジェクト〉メンバーの救出に赴け」
ーー了解っ!
バースから指示を受けた隊員達は、3手に別れて其々の場所へと駆け出していった。
「私への指示は、どうしたっ!!」
残るアルマは、バースを呼び止めて激昂した。
「アルマ、おまえはーー」
「どっちに。いや、此所に残ることすら、命じるは出来ぬなのだな?」
ーーカナコとビートの母親ならば、何を選択するのか。俺が指示することでは、ない……。
バースはアルマの掌を振り解くと、先に行ったタッカとザンルに追い付いたーー。
======
カナコ達も“闘い”をしていた。
見た目は水槽だが、水の生物が游ぐには相応しくない“箱”の仕組みを解き明かし、稼働不可能にさせる。
粘りけがある液体を圧しやるように、ごぼごぼと、管の先から気泡が弾けることなく形を止めていた。
まるで、両生類の卵ようだ。水槽の底でとぐろを巻くホース状の気泡を見据えるカナコは、吐き気を覚えて口元を掌で被せた。
「蛙の卵」
「いゃああっ! ピアラ言わないでよっ!!」
「騒ぐな、カナコ」
ハビトが叫ぶカナコの腕を掴み、頭部に軽く拳を落とした。
「嫌なのは、嫌。ああ、悍ましい」
「静かにしろっ! ビートが“力”を発動させているのだ」
ハビトは「はあ」と、溜息を吐きながら水槽へと掌を翳すビートへと視線を剥けた。
「ぼくの“電脳の力”では設備の回路を探るのがやっとだよ。何本、何ヵ所と、複雑な配線と部品のどれかを切断したり壊すをするのは、ぼくでは出来ない……。」
ビートは、ぶるぶると全身を震わせて、水槽から翳す掌を離した。
「ビート、おまえが感知した部分で構わないから、シャーウットに思考を写せ」
「……。ハビトが言うのは“同調の力”だよね? そして、シャーウットは“技工の力”を持っている。でも、それでもこの設備を停めるのは、シャーウットが大変になる」
ビートは背中を丸めてしゃがみこみ、何度も息を吐いた。
「ハビト。あんた、さっき此れが『“輪っか”を填めている誰かを監視している装置』と、ジオに訊いていたでしょう?」
「ああ。それがどうした、カナコ」
「誰を監視している。そっちのデータを装置から“感知”するは、どうかしら?」
カナコの提案に、ハビトは黙ったままだった。
「反対なのね? ハビト」
「……。ジオから提示されたのは『装置を停める』だ」
「知らないで“此れ”をわたし達で停める。物凄く怪しいと、ハビトは思わないのっ!」
「カナコ、キミが“大人の事情”に片足を突っ込むをする必要は、ないっ!!」
ハビトが感情的になるのは、今まで見たことがなかった。
ハビトは何もかも知っている。
〈育成プロジェクト〉メンバーのひとりであるハビトは、いつも先回りをしているような態度と言いぐさをしていた。
いつか、ハビトとは近くの存在になるのは思い込みだった。
結局、ハビトとの距離は縮まらない。
カナコは「わっ」と、悲鳴をあげて水槽の表面に掌を押し当てた。
ーー暁の風よ、今すぐ“輪っか”を填める者へとわたしを翔ばして……。
カナコは“暁の光”を輝かせていた。
「カナコッ! するなっ!!」
息が詰まるような風圧と目を綴じるほどの光の眩さの中で、ハビトはカナコの腕を掴む。
「……。ハビト、この装置に囚われている“誰か”だけど、わたし達が会ったことがある“誰か”が見えたわ……。」
カナコはハビトの腕の中で、息苦しくしていた。
「設備の構造以外のデータを“力”で読み取ろうとするならば、跳ね返す制御機能が搭載されていたのだ。カナコ、おまえはその衝撃を喰らった。それでも読み取ってしまったのか?」
「嫌なことを考えちゃった。たぶん、みんなに凄く叱られることよ。タクトからも、本当に嫌われてしまうような、自分勝手な考えをした……。」
カナコは咳き込むと、吐血をした。
「しっかりしろっ! 傷は浅いから、思い詰めるなっ!!」
ハビトはカナコが吐いた血で、衣類の襟元を真っ赤に染めていた。
「どっちみち、あの人には敵わない。だって、タクトが選んだ人だもの。だけど、意地悪したくなった。装置を……。停め、た、く、な……い……。」
青白い顔色のカナコは、涙を溢していた。
「カナコ、おまえは生きている。だから、そのまま呼吸を続けろっ!」
ーータクトの前にハビトを好きに……。なっていたら、こんなに胸の奥を締め付けることは、なかった……。か、も、ね……。
カナコはハビトへ微笑み、瞳を綴じた。
「カナコ、待てよ。頼むから、目を開けろよ」
呼吸をしないカナコを、ハビトが強く抱き締めていたーー。




