46両目
〈育成プロジェクト〉の目的は、子ども達の中にある“力”を引き出して伸ばす。
当時《団体》と呼ばれていた《GSEP》の企画部が、引率者となるタクト=ハインに説明したことだった。
ところがいざ【現地】に入れば、それらは《奴ら》の見かけ倒しだと、気付いたときには護っていた子ども達とは別行動を強いられた。
子ども達の帰りを待つ保護者が事実を知らされた場合、責任を《奴ら》が担うことはあり得ない。
たとえ生き方を踏み外しても“護る”ことに優先順位を付ける。
タクト=ハインは、リレーナの手を引きながら〈育成プロジェクト〉が執り行われている〈有明の原〉へと向かうのであったーー。
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〔危険区域の為、立ち入り禁止〕
〈育成プロジェクト〉が執り行われている施設の門を塞ぐかのように、立て看板が設置されていた。
「カナコが、カナコたちがいるのに何故なんだっ!!」
タクト=ハインは立て看板を払い除けて、がっちりと閉ざされている門の柵を握りしめながら揺すぶって蹴りつけた。
「落ち着いて、タクト」
衝撃音はリレーナにもはっきりと聞こえ、次に脚を振り上げようとしているタクトを背後から抱き寄せた。
「リレーナ、リレーナ。僕は、僕は……。」
タクトはするりと、リレーナの腕を解いて地面へとしゃがみこんだ。
「辛いでしょうが、まだ絶望とは決まってはいない。タクト、子ども達の“光の音”がちゃんと鳴っているわ」
「“光の音”?」
聞きなれない言葉だった。
光に音がある。リレーナには、その音が聞こえる。
ーー音を鳴らせているのは、ビートくんよ。子ども達の“力”がビートくんの中で響かせている“光の音”と共鳴している。優しくて、あたたかい。そして、勇気が溢れている“音”が聞こえている……。
タクトは「はっ」として、息を吸いこんだ。
ビートだ。リレーナに聞こえた“光の音”は、バースさんの“芯”である、もうひとりの弟のビートのことだ。
だから《奴ら》はリレーナに目をつけた。
リレーナが発動させた“感知の力”の仕組みを解いて《奴ら》は技術を開発するのは間違いない。
リレーナに填められた“輪っか”の意味。この状況下で知ってしまったことに、タクトの胸の奥は張り裂けそうだった。
ーー《奴ら》に利用された、俺とアルマの娘と息子はどうするのだ……。
リレーナを護る為に、すべてを捨てようとしていたタクトへとバースが投げつけた言葉だった。
リレーナを失いたくない。だが、あのふたりも大切な存在。
“今を護る”為に、何が必要なのか。タクトは呼吸を調えて、リレーナの瞳を見つめた。
「リレーナ、キミに聞こえた“音”は何処からだったの?」
「“音のうなり”はあの建屋からよ」
リレーナが指差す方向に、タクトは驚愕した。
今度はプロジェクトメンバーに、手を掛ける。思うのは、タクトそのものが経験したことだった。間に合って欲しいと、タクトは全身を“蒼の光”で輝かせた。
「待って、タクト」
“転送の力”を発動させているタクトを、リレーナが止める。
「リレーナ、どうして止めるのだよっ!」
「“力”では、此所には入り込めないわ。タクト、わたしについてきて」
「あ、ああ」と、タクトは落ち着きを戻して、リレーナのあとを追った。
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「此所から敷地内へと入れるわ」
リレーナがタクトを連れてきた場所は、施設から塀を隔てて離れた位置にあった窖だった。
リレーナはどうやって此所を知ることが出来たのだろうか。訊きたいと思いつつも、今はカナコ達のもとへと早く行くことが優先だと、タクトはリレーナによって窖の扉が開くのを待つことにした。
「錠は掛かっていないけれど、びくともしないわ」
リレーナは扉の取っ手を握りしめて押しては引くを繰り返し、息を切らしてしまった。
「替わろう、リレーナ」
タクトはそっと、リレーナの掌を取っ手から外し、ぐっと、握力と腕力で扉を左へと横滑りにさせた。
「タクト、笑っていたでしょう」と、リレーナは真っ赤にさせた顔をしかめた。
路は確保された。安堵する一方で、タクトは不安をつのらせた。
通路を照らす灯りをどうするかだった。カナコ達のもとにへと、手ぶらで急ぐ。懐中電灯など用意はしておらず、暗がりで奥が見えない路では進行方向を見失うと、タクトは怯んだ。
「タクト、此所を通るのはわたしたちが初めてではないみたいだわ」
リレーナは、通路の壁に手を添えていた。すると、路がぱっと、朱色の灯りで照らされ、足元がはっきりと見えた。
「リレーナ。僕が一生懸命考える様子が可笑しかった筈だよ」
「ふふふ、おあいこにしときましょう」
「参ったよ」
タクトは前髪をくしゃりと握りしめて苦笑いをすると、リレーナと共に路を駆けていったーー。
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カナコ達〈プロジェクト〉メンバーは、ジオの案内のもとで施設内の別棟に着いていた。
ジオは卒業試験として“実習”を受けさせようとしている。
技術を活かしての“創作”ではないことは、確実だ。場所の扉に掲げてあったプラカードに記されていた〔設備室〕とは関係ない室内を見渡したカナコは、口元を固く綴じてジオを凝視した。
「この鬱陶しい設備の仕組みを見極め、停止させる。勿論、稼働不可能という状態にもっていく。制限時間は、セキュリティシステムが動き出す前まで」
ジオは室内に設置されていた端末機を操作していた。かちこちと、秒針が刻まれる音がカナコにも聞こえ、端末機から指を離すジオの視線を追った。
先程、ジオが見せたデモンストレーションと想像が被る。子供だからと甘い考えがなくて容赦なしのジオについては、散々と知り尽くしている。
「みんな、連携をして“実習”を終わらせるよ」
カナコの促しに、子ども達は頷いた。
「ねえ、ナルバス。これが装飾品の材料だったら、作るのは得意だけど」
「シャーウット、触るのは危険だよ。取扱注意のプレートが、ぶら下がっているくらいだ」
「ピアラ、怖がるあまりに“イキモノ”を召喚しないでね」
「ビート。それは、ないよ。怖くてそんな気にはなれないから」
子ども達は、室内の真ん中で天井を淵で支える硝子壁の水槽へと歩み寄った。
「“輪っか”を填める誰かを監視する装置が、此所にある。なるほど《奴ら》がカムフラージュさせるには〈育成プロジェクト〉を表向きする必要があった。ぶっ壊すだけならば、ジューひとりでも十分の筈だろう」
ハビトは、ふんと、鼻息を噴かせた。
「無駄話をせずに“実習”を始めろ」
ジオは、水槽を満たす琥珀色の液体の中で浮いては沈むを繰り返す黒茶色の球体を、見据えていたーー。




