45両目
利用するもの、されるもの。
正しいと信じ、堅固に守る考えの為なら置かれる立場を利用する。
ジオは“誇り”を弾かれたことが引き金となって、今に至った。
己の中で膨らませた“憎悪”をかたちにする。
これが“闇”というものなのか。
ジオの身体から噴き出す“黒い粒子”を吸い込むまいと、カナコは“暁の風”を吹かせて払いのけたーー。
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〈育成プロジェクト〉に向けてタクトから学んだことのひとつが“闇”だった。
ーー“闇”が生まれる仕組みは誰の中にもある“負”が膨脹され、粒子となったかたちが体外へと放出される。だからといって、恐れるはするな。キミたちには、まだ見ぬ未来がある。あるからこそ、今のうちに“闇”を防ぐ為の強さを身に付けて欲しい。
正直にいえば、聞かされたときは半信半疑だった。タクトが合宿での訓練に集中させる為の寓話だとも思った。
タクトはかつて“闇”を見ていた。だから、経験をもとにしての教訓をタクトは教えた。
ジオが“闇”に蝕まれた経緯が何かはなんとなくわかるが、此方にすれば完全にとばっちりを喰らった情況だ。
なんとかして、ジオを叩きのめしたい。
カナコは“暁の風”を吹かせながらじわじわと、怒りを膨らませていた。
ーーカナコ。そんな構えかただと、キミもあっという間に“闇”に囚われてしまう。
こんなときに、タクトの説教を思い出すとは。と、カナコは“暁の風”を吹かせるのを止めて「はあ」と、溜息を吐いた。
「セーフだ、カナコ。あと少し遅かったら、キミを含めた生徒たちに“これ”を填めていた」
ジオがデスクの引き出しからごそりと、彩り豊かな糸の束を手につかんでカナコへと掲げて見せた。
「わたし、裁縫は苦手なので」
「どんな想像をしたのかは構わないが、填められたらキミたちでは外せない。藻掻くことも許されない、そんな道具だ」
「カナコ、ジューが言っていることは本当だ。これ以上、ジューに刺激をあたえるな」
ハビトは、熱り立つカナコの腕を掴んで引き寄せた。
「ハビト、正しい選択だ。では、生徒諸君が“実習”を始める場所へと連れていこう」
ジオは掴む糸の束を離す。ちりちりと、火花を散らす炎が糸の先端から伝わり、灰色の粉になった燃え粕が床へと落下したーー。
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〈宇城の大野〉に設けてある地質調査チームのキャンプ地での出来事だった。
一夜が明けて、ルーク=バースはリレーナにタクト=ハインを委ねて〈陽光隊〉のもとへと帰っていた。
リレーナは、着信音が鳴りっぱなしの小型通信機を握りしめていた。着信表示の番号がスタッフのものではないことに躊躇っていたが、音を止ませる為に通話ボタンを押した。
タクト=ハインの容態は一晩たっても優れていなかった。付き添うリレーナが小型通信機を握りしめて通話している最中でも、身体を支えての歩行をしなければならないほど、タクトは弱ったままだった。
「あ、タクト」
通話を終わらせると同時にだった。リレーナは小型通信機をホルダーに収めようとタクトを支えていた右手を離すと、タクトがふらりと足元を縺れさせたのであった。
「ごめん、リレーナ」
タクトは転倒する寸前だった。
「いいえ、いけないのはわたしよ」
タクトの後ろに角張った収納箱が置いてあり、支えが遅れていたらタクトは角に頭部を打ち付けていた。
考えたら自然と身震いがして、涙が溢れた。
「通話は、あんまり良い内容じゃなさそうね」
「その通りよ、タクト。でも、わたしはタクトの傍にいると決めたわ」
「大丈夫だ、寝てばかりいてもきりがない」
タクトはベッドに横になるのを拒み、リレーナが用意したパイプ椅子に腰をおろした。
「まだ、本調子じゃないのよ。わたしのことは気にしないで」
「途中で話しを遮らせたね。僕の傍にいるて、どういうことなの?」
「……。今日で地質調査を打ち切れと《本部》からの連絡だったの。だから、直ちに此所を撤収する支度をせよと、いうことなの」
「なんだってっ!」
タクトは椅子から腰を上げて驚愕した。
「《奴ら》にも【此所】での情報は届いているわ。きっと、そっちが大いに関わっている。調査チームと入れ替わりで《奴ら》が新たに結成したチームが来るそうよ」
「バースさんたちの動きも《奴ら》にキャッチされているだとしたら?」
「《奴ら》が対策に出るは、間違いないわ」
肩を震わせる掌で顔を覆い被せるリレーナをタクトは抱き寄せて、唇を噛み締めた。
息を落ち着かせようと、タクトは何度も深呼吸した。そして、リレーナの耳元へと唇を押し当てた。
「リレーナ。捲き込ませて悪いけれど、カナコたちを助けるのを手伝って欲しい」
「任せて、タクト」
リレーナは一度タクトの腕を解き、目を合わせた。
ーーありがとう……。
タクトは、リレーナと口づけを交わしたーー。
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【ヒノサククニ】の西の涯に〈大牟田の口〉が位置していた。
ルーク=バースが率いる陽光隊は、拠点を移し変えていた。
遠くで近く。
陽光隊は〈育成プロジェクト〉が執り行われている〈有明の原〉を見張り、そして【国】で活動しているであろうの《奴ら》の動きを虎視眈々と狙っていた。
ルーク=バースはタクト=ハインの一件について隊員達に報告をするが、真っ先に詰め寄ったのはアルマだった。
タクトを保護しなかった理由を訊くために、アルマはバースに食って掛かった。
それでもバースから口を開くことはなく、アルマは号泣をし続けた。
泣きつかれたアルマは、バースの腕の中で寝息を吹いた。
日が暮れた頃、アルマはようやく目を覚ます。
バースがずっと抱いていた。と、気づくアルマはバースの頬をそっと指先で拭った。
「起きたか」と、アルマの指の感触でバースも目を開いた。
「先程は、すまなかった」
頬に拳の跡形が痛々しく残るバースに、アルマは細々とした声で謝った。
「おまえに責められて当然のことを、俺はしたんだ。一発、二発ぶん殴られる覚悟はしていたさ」
バースは右の頬をアルマの指先ごと掌で被せて苦笑いをした。
「強がりを言うのではない」
アルマは額をバースの胸元に押し付けた。
「《奴ら》が本性を表し始めた。だが、まだこちらからけしかけるは出来ない。はっきりとした証拠を掴むをしなければならない」
「承知」
「アルマ、おまえだけでも【グリンリバ】に戻る……。は、しないだろうなぁ」
「わかっているならば、わざわざ訊くな」
溜息まじりのバースに、アルマは笑みを溢した。
「了解。そうだよな、俺たちは約束をしたのだったよな」
ーーそうだ、バース。私たちは、皆揃って帰ると誓った……。
バースは愛おしそうに、アルマの髪に手櫛をしたーー。




