44両目
タクトが弱気になっている。
ルーク=バースはタクト=ハインに叱咤するつもりだったが、歩む方向を塞ぐかのように、リレーナの腕がルーク=バースを遮った。
「すまねえ。つい、癖が出るところだった」
バースはリレーナの腕を下げると、パイプ椅子にすとりと、腰掛けた。
「タクト、先ずは身体を休ませましょう。心配しないで。ちゃんと、あなたの傍にいるわ」
リレーナは優しく、ベッドに寝かせたタクトに声を掛けた。タクトはリレーナの掌を握りしめて何度も頷いたあとに、寝息を吹き始めた。
「ふんぐぁ」と、バースは欠伸と背伸びをすると、ばきりと、肩の関節を回す。
「隊長さん。部屋を用意しますので、あなたも脚を伸ばされてください」
「いや、俺もあんたと同じくタクトに付き添う。さっきのタクトの様子だと、はやまった気を起こしかねないようだったからな」
「わたしだけでは、タクトを抑えることが出来ないと、でも?」
リレーナは笑みを湛えながら、腰に着けているポシェットの中に手を差し込んだ。
「“力”の制御装置か」
バースは、リレーナが見せた機具がタクトの左手首に巻かれる様子に苦笑いをした。
「地質調査の日程は、あと二日間。終わってもわたしは……。」
「何か、引っ掛かることがあるのか?」
バースの顔は曇っていた。そして、バースに返答するかのように、リレーナは頷いて見せた。
「タクトを、置いていけない」
「ああ」
「いっそうのこと、このままずっとタクトの傍にいたい」
「気持ちはわかるが、後先のことを考えるのだ」
「とっくに考えているわ、証拠はこれよ」
リレーナは左手首に填めるリストバンドを外し、バースに向けた。
「タクトも《奴ら》からあんたと同じく輪っかを填めさせられた時期があった。それについては、タクトは知っているのか?」
「勿論よ。でも、対処法までは流石にタクトでも……。」
「そうか」と、バースは顔をしかめながらくしゃりと、頭髪を握りしめた。
「そうだ。この際だから、隊長さんに見せてあげるね」
リレーナは、顔を明るくさせて部屋を出た。そして、戻って来ると一枚の紙切れをバースに差し出した。
〔暁の風が大地に陽の花を咲かせる頃、音波のうなりの名をもつ者、時の負の鎖を断ち切る〕
バースは、持つ手を震えさせていた。
「地質調査での、出土品に記されていたの。わたしがこっそりと保管した原品が、これよ」
リレーナが、サイドテーブルに置いた風呂敷の結び目を解く。
「銅鐸。土に埋まっていたわりには、古びてないな」
「隊長さん、良いところに目を付けたわ。これが出土したのは、およそ3500年前の地層から。原型を留めたままの出土は例がないとわっと騒がれ、あっという間に鎮圧したわ」
ーー時を越えて、或いは弄くった。その過程で“物”は土に埋められた。
「隊長さん?」
リレーナは、バースが口を突いたのだろうかと、驚きのさまになった。
「ひとり言だ。やはり、脚を伸ばして休むことにしよう」
「お部屋にご案内します」
リレーナは、バースを手招きしたーー。
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〈育成プロジェクト〉と銘打つが、主旨が見えてこない。毎日の“授業”でジオに追い立てられ、心が擦りきれる寸前だ。
ホルン=ピアラは、笑顔が取り柄だった。
シャーウットの女の子らしい仕草を真似た。
ナルバスが頼りなくて、つい口を挟んだ。
「ねえ、ピアラ」
「え、ごめんなさい。だから、そんなにこわい顔をしないで」
「シャーウット、あのね」
「悪いけれど、自分のことで精一杯なの」
「ちょっと、ナルバス」
「わっ、いきなり話し掛けないでくれよ。はあ、また一からやり直しだ」
“授業”の合間のひとときで、怯えられ、煙たがられ、八つ当たりをされる。
ナルバスはほっとくことにするが、ホルン=ピアラとシャーウットの拒み方が、カナコにとっては哀しくて寂しいと、胸の奥を締め付けられた。
“友達”が、変わってしまった。
出逢って間もない頃は、自分が距離を置いていた。共に過ごして苦を分かち合うを教えてくれた“友達”が離れてしまった。
こんな結果をみるために【国】に来たのではない。もっと、もっとを目指すのが〈育成プロジェクト〉だ。
「如何にも最も。キミがどんなに主張しても、説得力は無い」
ハビトの言い方に頭に血を上らせて、いつもだったら「かっ」と、言い返すところだがカナコは「ぐっ」と、顎をひくさまをした。
ハビトは誰の味方になるはしない、メンバーと一歩離れての位置にいる。近付くをしても翼を広げて飛び立つ鳥のようで、掴まえようとするのは、骨折り損のくたびれ儲けになるだけだ。
「わかった。もう、ハビトには何も言わない」
ぼそっと、カナコは唇を尖らせると多目的ルームを出た。
「ほっとけ」
ハビトはカナコを追い掛けようとしているビートを止めた。
「ハビトが悪い。お姉ちゃんはタクトさんがいないことでも落ち込んでいるのに、それでもみんなは、お姉ちゃんのことを気にしない」
「ビート、おまえが『お姉ちゃん』と、カナコに引っ付けば引っ付くほど、特にボク以外のメンバーから反感をかっている。今、カナコを追えば、おまえは今度こそ居場所を失う」
ーーお姉ちゃんをひとりぼっちにさせたのは、みんなだ。いや、そもそも一番の原因はタクトさんがいない〈育成プロジェクト〉だ……。
ビートは「きっ」と、ハビトを睨み付けると、扉を「ばんっ」と、閉じた。
ハビトは瞳を綴じて、静かに息を吹く。
「『イエス』で腐るか『ノー』で生を示す。選択をするのは今のうちだ」
「シャーウット、あのね。カナコちゃん、わたしの笑う顔が素敵と誉めてくれた」
「『ちゃん』で呼んだら怒られるよ、ピアラ。あの子、わたしをお手本にしての“女の子”らしさを極めたいなんて、言っていたわ」
ホルン=ピアラとシャーウットは目を合わせて頷くと、駆け足で多目的ルームの扉を潜った。
「睨むなよ、ハビト。僕はこう見えても、カナコに馬鹿と思われているっ!」
ナルバスは羽織る黒のマントを剥がし、椅子の背もたれに放り被せるとハビトを手招きした。
「ナルバス、おまえは“馬鹿な振り”をしていると、カナコに解らせろ」
多目的ルームが、がらんとなった。
一方、カナコがひとりで向かった場所はーー。
「ジオ、あんたがわたしたちを扱くのは、タクトの居所を考えさせないようにと、頭の中を麻痺させる為。あんたは隠している。タクトが此所にいない理由を、あんたは知っているっ!」
カナコはジオに挑むを決めて、施設内の職員室に来た。
ジオがひとりだけだった。デスクが幾つもあるのにジオしかいないとわかると、カナコは溜め込んいでた感情を破裂させるかのようにジオに叫んだのであった。
「ははは……。」
ジオの笑い方が不愉快だ。カナコは顔をくしゃりとしかめて、デスクの上に拳を叩きつけた。
「ねえ、どうなの? あんたは《奴ら》と繋がっているから〈プロジェクト〉の指導者をしているのでしょう。だったらタクトについても《奴ら》から聞いているというのが、こっちの考えなの」
「『タクト』を連呼しているが、そいつはカナコの彼氏か?」
「ち、違うわっ! タクトはみんなを【此所】に連れてきてくれた、引率者よ」
カナコは顔を真っ赤にさせて、何度も首を横に振った。
「はい、残念でした。言いたいことを言うだけですっきりしたカナコに、ボクから素晴らしいご褒美を贈ろう」
ジオは羽織るジャケットの裏ポケットに手を入れる。
「会話を録音していたと、わたしに揺すぶりかける。それくらいで、わたしが慌てふためるはしないわ」
ジオが手に持つ黒い棒状の固体を見るカナコは、強がりなさまとなった。
「“これ”が何かとは、生徒が此所に全員集合してから説明しよう」
ジオは固体をぎゅっと、握りしめて脚を組むと、デスクに片手で頬杖をした。
たん、たん、たん。と、足音が聞こえると、カナコは耳を澄ませた。
「お姉ちゃん、そいつを無視してタクトさんを探そうっ!」
ばしっと、扉が激しく開く。そして、肩で息を吐くビートがカナコの傍に近付いた。
「ビート。あんたも、そのことをずっと考えていたの?」
「当たり前だよ。みんなはこいつが怖くて言われた通りばかりだから、弱くなった。でも、お姉ちゃんは強いままだった。タクトさんのことをずっと考えていたから、お姉ちゃんは強くいられた。だから、タクトさんを探しに今すぐ行こう」
ビートは、カナコと手を繋ごうとしていた。すると、また足音が聞こえると、カナコは扉へと視線をそらせた。
「ビートの“お姉ちゃん想い”は、ピアラが妬くからほどほどにしてね」
「いやーっ! シャーウット。あれほど内緒にしといてと言っていたのに、ビートとカナコの前で、なんてこと、こと、こ、こ、こ……。」
あっけらかんとしてるシャーウットの一言で、ホルン=ピアラが焦っていた。
「あら、ナルバス。何しに来たの?」
カナコの冷たい言い方に落胆したナルバスは、ハビトに泣きっ面を見せていた。
「ジュー、あんたは《奴ら》が掲げている〈電子生物部門〉の主任を降ろされて〈育成プロジェクト〉の企画部に異動を命じられた。ボクが〈プロジェクト〉メンバーに選ばれた理由は、あんたの手によってボクを本当の“道具”に作り替える為にだ」
「ハビト?」と、カナコはナルバスを押し退けると、不安げな顔をした。
「そういえば、キミは“バイテク”の過程で生れた。上層部はキミの一部を不明にさせたと、オレに責任を被せる。しかし、勘違いをするな。オレがこうして〈プロジェクト〉の指導者としてとばされたのは、オレにとっては好都合なのだ」
ジオは、顔つきを悍ましくさせていた。
「おまえたち、一ヶ所に集まれっ!」
ハビトはカナコたちに、声をあらげて促した。
「《奴ら》が企画した〈育成プロジェクト〉が裏目にでるがついに来た。キミたちには、卒業試験として、今から“実習”をしてもらう。逃げるをしようとするならば、こうなる」
ジオは握りしめていた固体を弄っていた。
足元が微かに揺れる。
カナコはふと、見つめた。窓際に置かれていた花瓶が砕け、挿す花束と水が宙に舞う。本棚に収められていた冊子が粉砕され、紙吹雪となってカナコたちに降り注ぐ。
「あんたは《奴ら》が憎かったの?」
すすり泣きをするシャーウットとホルン=ピアラに背中を向けて、カナコはジオを睨み付けたーー。




