43両目
ジオの“授業”についていく。
壇上の後ろに設置されている黒板に何行にも渡って白いチョークで綴られる要点を、黒板消しで消される前にノートに書き写す。それに平行してジオが説明する言葉をも、筆記しなければならない。
「はい、本日の授業はこれでおしまい。ノートを提出して退室っ!」
閉じたテキストを教壇の上にぱんっ、と、叩きつけるようにして置くジオは、メンバーに催促する手付きをする。
カナコは、この瞬間が嫌で堪らなかった。
ジオはメンバーから回収したノートの添削をする。次の日の朝礼で返されるノートは、前日の授業内容を記した頁が赤の文字だらけ。
〔ボクの説明を、聞き取れていない〕
はっきりと聞いて、しっかりと書記した。添えられる真っ赤な文章を目で追ったカナコは顔をしかめた。
完全に、ジオの嫌がらせだ。
カナコは日に日に、ジオに敵対心を膨らませていった。
ジオに一泡吹かせる。浅はかな考えとは気付かないで、打倒ジオと掲げるカナコの意地。
授業と授業の合間の僅かな休憩時間の度に、カナコはメンバーを集めて“作戦”を練る。
実行はいつに場所は何処で、役割を分担させてジオを追い詰める。
追い詰められているのは、お姉ちゃんだ。最初は巫山戯ているようにしか見えなかったが、お姉ちゃんは本気でジオに仕返しをしようと企てている。
「合わせている振りだ」
食堂での夕食の時間、ビートはハビトがカナコの企てを止めるまでには至ってないとわかると、食事のペースを落とすほど落胆した。
ハビトはメンバーの中では優等生だ。
見せてもらったノートには、赤い添削が一文字もない。ジオからの質問にも即、答える。
姉の愚かな思惑を止めることが出来るのはハビトしかいないと、思い込んでいた。ハビトなら、姉のカナコを説得するだろうと宛にしていた。
ビートより先に食事を終わらせたメンバーは、空になった食器が乗るトレイを返却棚に置くと急ぎ足で室内をあとにしていった。
残っているのは、ビートとハビト。
「もうっ! ジオの所為でこんな時間になっちゃった」
騒々しいと、フォークに刺した肉団子を口に含ませるのを止めたビートは「しぃ」と、食堂に入ってきたカナコを促す。
「居残り授業か」
「ハビトはジオのお気に入りだもんね。あんたは、あいつになんでも『はい』で受け入れられ、絶対に叱られない。ああ、羨ましいっ!」
カナコはテーブルの上に「がしゃり」と、食事が盛られた皿を乱暴に置くと、中身をスプーンですくってがぶがぶと、口の中に放り込む。
「ボクを僻む前に、間違いを減らすを考えたらどうだ」
「やってもやっても、あいつは見つける。頭にくる、何がなんでもあいつをとっちめてやるっ!」
ーーカナコ。キミが授業に集中できない原因は、其処だよ……。
「は」と、カナコは頬張る〈まるごと蒸しごりごり芋、ガーリックバターのせ〉をもぐもぐと咀嚼をしながら、目の前に座るハビトを見た。
「何」と、ハビトに睨み返されたカナコは、びくっと、背筋を伸ばした。
「ごちそうさま」
カナコはコップに注いだ牛乳を飲み干したーー。
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〈プロジェクトメンバー〉には、共同の自習室と男女別の部屋を割り当てられていた。
本日の授業内容の復習、次の日の授業の予習。準備には余念はなく、やりこなしたあとは黙って就寝をするしかなかった。
どうして、熟睡する余裕があるのだろう。
シャーウットとホルン=ピアラの寝息をベッドの中で耳を澄ませるカナコの目は冴えていた。
窓越しで見上げる月が蒼くて眩しかった。眠れないのは、寝明かりがいらないほどの月の明かりの所為だと、カナコは何度も寝返りをうっていた。
タクトの“力の光”と同じ色をしている。
日中はタクトを考える暇はないが、月を見上げて明かりを浴びるをする度に、タクトのことで頭をいっぱいにさせる。
「タクト、何処にいるの……。」
頬に涙をつっと這わせるカナコは、うつらうつらと目蓋を綴じたーー。
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カナコがようやく熟睡した時の刻の頃、大地に咲き誇る花を踏み潰しながら【国】の東へと向かっている男がいた。
たぷん、とぷん。と、男は抱えるボストンバッグの中身を揺らす音を鳴らせた。
“燃料”の運搬は、徒歩で。がたいが大きいのが取り柄とはいえ、安定感がないに加えて鉛のように重い“詰め物”の所為で男は時間を掛けての移動を余儀なく強いられていた。
研究チームが遂行した実験の過程で、発動させた“力”で“燃料”が燃えると判った。運搬の施行を想定しての“燃料”を詰める為の容器を試行錯誤しての開発をするが“燃料”と同じ成分の液体をどんなに密封状態にさせても強度を増しても“力”は貫通され、燃え尽きる。
“転送の力”を発動させられない。移動手段にと試した“転送装置”を使用しても同様の結果となる。さらに追い討ちを掛けたのが、運搬車の走行で生じる振動でも反応を示した。
“力”と“装置”での移動時間は秒単位で、運搬車ならば分単位とはかけ離れた道程に気が遠くになっていた男は「ふう」と、溜息を吐くと通過地点で見えた一本の大樹の幹にボストンバッグを置くと腰を下ろした。
男は樹の幹に背中をあてがい、うたた寝をした。すると「がさっ」と、物音が聞こえたので装備している砲弾式の小型武器をホルダーから抜き取り、樹木のまわりに武器の経口を向けながら目視をした。
ホルダーに武器を収め「ごほっ」と、咳払いをした男は足元にあるボストンバッグの取っ手を掴みのしのしと、歩き始めた。
じぃ、じぃ。と、草叢から虫の声が聞こえる。
男は振り返ることなく、行く場所へと目指している。
ファスナーが開く音がして「たぷん」と、中身が取り出される。
ーー運搬役の奴が向かっている場所は683地にある〈和水の内郭〉だ。追跡はどうする?
ーー慌てるな、今はポイントをおさえるだけにしとけ。
「どれ、タクトの将来のヨメさん。あんたの手でこいつを戻してやれ」
地面に中身が詰まった蒼の球体を置く男の促しに、傍にいる女性が「こくり」と、頷いた。
女性は持っていた黒い液体が詰まる容器の蓋を開けて、球体に1滴2滴と垂らした。
球体の表面に、ぱきぱきと、亀裂が入る。皹は増して、硝子細工が粉微塵になるように砕け散った球体の破片を押し退けて飛び出る蒼の液体が、ふわりと宙へと浮き上がった。
“ストーン・オイル”にこのような効能がある。知らされた瞬間は疑ったが、事前に見せられた“証明”された手順を受け入れるしか手立てがなかった。
どさっと、落下の衝撃と音がした。
「……。どうして。しかも、リレーナまで?」
草の葉を衣類にくっつけたタクト=ハインが、目の前にいる人の姿に驚きを隠せないさまとなっていた。
「細かい話しは、あとだ。リレーナ、あんたが拠点にしている〈宇城の大野〉に俺たちを連れていってくれい」
「オッケイよ、隊長さん」
リレーナは“転送装置”を操作して、タクトを抱えるルーク=バースとタイマンと共に今いる場所から移動したーー。
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深夜とはいえ、リレーナが身を置いている場所に来てしまった。いや、一体何がどうなっているのかと思うのが先だと、タクト=ハインは眉間に皺を寄せていた。
「礼を言うのが遅れた。リレーナ、情報提供に感謝する」
バースが深々と、リレーナへと頭を下げているのが見えた。
タクトはベッドで横になっていた。
身体の節々が痛く、歩行をするのもおぼつかない。頭の中がぼやけて、思考がうまく働かない。
「隊長さん達がいう《奴ら》の下っ端が〈有明の原〉に向かっていたのが見えた。わたしは声を掛ける振りをして相手の思考を“感知”した。タクトに危険が迫っている。わかっていても、わたしだけではどうすることもできなかった。あなたにへと飛ばした情報が詰まった“思念”を、あなたは受け取った。隊長さん、タクトを助けたのはあなたよ」
「“時間停止の力”を発動させて、モノをすり替える。あんたの提案がなかったら、タクトは今頃〈ハ・ラグロ〉の胃袋の中だった」
リレーナとバースの会話に耳を澄ませていたタクトの思考が働く。
経緯を思い出すタクトは、ベッドから起き上がった。
「僕は、これからどうすればいいのですか?」
タクトは、涙を溢していたーー。




