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40両目

「明日からの日程に備えて、ゆっくりとしなさい」

 〈ライフチャレンジ・ブライト〉の施設長、ルベルトは、施設の中にある宿泊部屋にタクト=ハインを案内すると、冷蔵庫から取り出した缶入りのアルコール飲料をすすめた。


「折角のご厚意ですが、とても飲める気持ちではありません」

「失礼した。キミは、浮かれた情況ではなかったな」

 ルベルトは、インスタント珈琲の瓶を茶箪笥から取り出す。


 此所も、何もかもが揃っているのか。タクトは、ルベルトが珈琲を淹れるのを見ながら思った。


「〈育成プロジェクト〉のカリキュラムですが」

「その件に於いては、ここでは説明は出来ない」


 タクトは、ルベルトから渡された中身が入っているカップに口をつけるのをやめた。


「僕と子供たちは、別行動になるのでしょうか」

「相変わらず、鋭い勘を持っておる」

「やはり、そうなのですね」


「かといって、絶望的にはなるな」

「ええ、心構えは養っております」


 ルベルトはタクトの言い方が気になった。

【此所】に到着するまでに何かがあった。言葉にしないが、顔つきがそう語っているようだった。


「タクト。少し、やつれたな」

「そうですか。いたって、ぴんぴんしておりますが」


「どれ、私もそろそろ就寝する。小腹が空いているならば、自由にキッチンを使って良いからな」

「お言葉に甘えて、早速」

「ふぁふぁふぁ。では、良い夢を」


「おやすみなさい、ルベルトさん」


 部屋の扉が、ルベルトによって閉じられた。



 ======



 朝食を用意していると、施設の職員にカナコたち〈プロジェクト〉メンバーは食堂に案内された。


 タクトは何処だと、カナコは室内を見渡した。しかし、何処にもいない。


 カナコは頬を膨らませ、窓際にあるテーブル席に座っていた、シャーウットの左隣の椅子に腰掛けた。


「朝から豪勢ね」

 カナコの真っ正面で座っていたホルン=ピアラは、大皿に盛り付けられている〈サグ肉〉のステーキのひときれを、フォークですくって小皿によそった。


「これって〈ライスボール〉かな? 1個の大きさも凄いけれど中の具材も、もっと凄い」

 ナルバスは、拳以上の大きさの〈ライスボール〉にかぶり付き、ひとつ、ふたつと舌の上に乗る具材の食感に驚きを隠せないさまとなっていたが、みっつ目で「う、すっぱい」と、口を窄めた。


「ハビト、食べるのある?」

「〈ササラ魚〉の塩焼きにする。ナルバスが食べた()()()()の具材のひとつは、ボクは苦手だ」


 ビートは、ハビトがやっと食事に取り掛かったことに安堵して、手に持っていた揚げ鳥を口に含んで咀嚼した。


 フルーツ、スイーツ。飲み物まで、豊富に揃っていた。カナコは迷わず、ピッチャーに入っている牛乳をグラスの中に注いだ。


「こう、テーブルの上に沢山並んでいると、ついつい食べ過ぎちゃうね」

 シャーウットは匙ですくった〈トロリンプリン〉をぱくりと、口の中に入れた。


「まるで、おとぎ話のようね。森の奥で路に迷ったお腹を空かせていた兄妹がお菓子の家を見つけて噛って、さらに家主のお婆さんにおもてなしをされて、それから兄妹は……。」

 カナコは空になったグラスを、テーブルの上に「ごとり」と、乱暴に置いた。


 カナコの一言で、メンバーは和気藹々だった雰囲気がさっと、覚めていくようなさまになった。


「カナコ。縁起でもない()()を、何もここで言わなくてもーー」

 ホルン=ピアラは、フルーツタルトに手を伸ばすのを止めた。


「お姉ちゃん」と、ビートは不安そうな顔でカナコを見ていた。


「別に、最悪な結末になったとは、口を突いていないわ」

 カナコはビートの鼻の頭を摘み、引っ張った。


「私たちは〈プロジェクト〉が終わったら、家に帰ることになっている。それは、タクト先生だって説明してくれた」


「そうだ、シャーウット」と、ハビトが腕組をしながら言う。


「〈プロジェクト〉が実施される此所の講堂で、入所式がある。たぶん、タクト先生だって参列するよ」

 ナルバスは、テーブル席から腰をあげた。


「タクト……。」

 食堂室をメンバーと一緒に出たカナコは、歩く廊下でもタクトの姿を見つけようと、目を凝らしていたーー。



 ======



 入所式では正装でと、施設の職員はカナコたちに制服を支給した。


 制服と言っても、着用している服装に羽織るだけの、絹糸で織られた透き通る朱色の一枚布。

 蒼の硝子玉が数珠繋ぎの首飾りを垂らしたカナコは、メンバーと講堂の出入口の前にいた。


『プロジェクトメンバー、入場』


 進行役のマイクを通した合図で、ナルバスを先頭にカナコたちは列を成して講堂の中へと入った。


 入所式に参列している、講堂を埋めつくほどの人の数に、カナコは圧倒された。


 この人集りの中に、タクトはいるのだろうか。

 壇上前に用意されている椅子に腰掛け、施設長と来賓の代表が祝辞を送る最中でもカナコはタクトの姿を探すために、会場内を見渡すものの、入所式が終わっても、カナコはタクトの姿を捉えることができなかった。



 カナコたちが次に案内された場所は、施設内にある多目的ルームだった。

 部屋に入ると座席が用意されており、メンバーの名前が記載されているカードが机の上に置かれていた。


 カナコたちは、着席をしていた。そして、カードと一緒に置かれていた、重くて厚い一冊のテキストの頁を捲っていた。


 カナコは、テキストの細かい文字に嫌気をさした。内容も理解出来ないと、メンバーより先にテキストを閉じた。


「本日より、あなたたちプロジェクトメンバーの担任を務める、ジュー=ギョインです。以後『ジオ』でよろしくお願いします」


 教壇に、男が立っていた。

 背丈は高く、細面。黒の短髪と細い淵の丸眼鏡、丸襟のグレー色のシャツに黒みがかった茶色のスラックス。そして、羽織る黒のベストに白衣を重ね着していた。


 此所でも、タクトが見えない。

 苛立つカナコは「きっ」と、男を睨み付けた。


「カナコ。私に、何か訊ねたいような顔をしているね?」

 ジオは顔をしかめて、カナコを指した。


()()こそ、わたしを早速“問題児”と、扱うような目をしているわ」

 カナコは鼻息を吹かせ、眉を吊り上げたーー。

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