4両目
特別扱いをされるほど、弱くはない。優しさはいらない。カナコにとって、これらは虚勢だとわかってはいた。
タクトには、弱さを見せたくない。タクトだけではなく、集われた子ども達にも同じくだとカナコは頑な心構えをしていた。
太陽と風が旅人の羽織るコートを脱がせるを競う寓話を例えるはないが、まるで何層にも覆われている薄皮がひとつひとつと剥がされている、被せてもまた剥がされるような感情が、カナコの中でざわめいていた。
タクトには、気づかれたくない。
このまま父と母の大切にしている人という、存在であってほしい。
人を想うをして、情に振り回されたくない。
「カナコちゃん、こっちにおいでよ」
列車の最後尾にいるカナコがひとりで座席に腰掛けていると、手前の座席からシャーウットが顔を覗かせて手招きをするのが見えた。
「え? でも……。」と、カナコは戸惑った。
「シャーウット、私たちからカナコちゃんが座っているところに行けばいいでしょう」
「さすが、ピアラ。賢いね」
シャーウットとホルン=ピアラ。カナコはふたりの心を踊らせるような声と、無邪気な様子に堪らず目蓋を大きく開いた。
「ね、カナコちゃん。シャーウットて、たまに変なところがあると思わない?」
前方の座席をカナコへと向きを変えるホルン=ピアラは、シャーウットを横目で見ていた。
「ピアラ、言い方が乱暴よ。カナコちゃん〈ごりごり芋チップス〉は好き?」
シャーウットは、カナコにスナック菓子の袋を見せて言う。
カナコは黙ったままホルン=ピアラに首を横に振って、シャーウットには首肯くをして見せた。
「シャーウット、それが変なのよ。列車が停まったのにまるで遠足気分。カナコちゃんだって呆れているわよね?」
ホルン=ピアラはしかめっ面をシャーウットに剥けていた。
「私たちは、意味があって選ばれた。今のうちにそれが何かを考える。不安だらけの気持ちのままでは、いけないの……。」
カナコはシャーウットの言うことに、はっと、心を震わせるような衝撃を覚えた。
「わたしは、どっちが正しいかは選べない。でも、わたしからお願いがあるを、聞いてくれる?」
シャーウットとホルン=ピアラは言い合いを止めると、カナコへと振り向く。
ーーわたしを『カナコ』で呼んで欲しい……。
俯きながらで、か細い声のカナコへと、シャーウットとホルン=ピアラが頷いたーー。
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【国】を目指して大地を駆ける〈レッド・ウインド号〉は、緊急停車をした。
タクトはビートを連れて運転室に入ると、運転技士のマシュが負傷をしていた。
わかったのは、マシュが身体をはって列車を停車させた。
受け止めたくない現実が、また起きた。と、タクトは『あの頃』の状況を思いだし、身震いをしたのであった。
「タクトさん、具合が悪いのですか?」
ビートが不安げな顔をさせて、タクトに呼び掛けた。
「いや、大丈夫だよ。ビート、キミはどうなのかな?」
「ぼくは何ともありませんが、列車の走行システムが作動しません」
ビートは運転室の計器類に掌を翳していた。
「“電脳の力”を発動させた。列車の精密な仕組みもあるけれど、今のキミの“力”の量では身体に負荷が掛かる」
「直せない。ぼくにはまだ無理だった。でも、凄いですよ。列車のシステムを造った方に会いたい。そして“力”を習いたいと、夢を膨らませました」
「ははは、ビートは前向きだね」
「非常事態の中で、浮かれてしまってごめんなさい」
「気にしなくていいよ。こんな時だからこそ、キミのように振る舞ってくれるのがむしろ、落ち着いていられる」
タクトは覗いていた双眼鏡を下ろした。
「タクトさん、あれは何ですか?」
ビートは運転室の前方を窓越しから目を凝らして見つめていた。
「参ったよ、まさかこんなところで。しかも、前よりうんと巧妙に仕掛けてある」
「どっちみち、列車を走らせることは出来ないのですね?」
「ああ、その通りだよ」
タクトは溜息を吐くと、運転室の出入口へとゆっくりとした歩調で進んでいった。
そして、タクトは運転室から出た。
ビートはタクトを呼び止めるを、追い掛けるをもしなかった。
「“蜂の巣トラップ”は『あの頃』も見た。ボクは今回みたいに列車を停めた。罠を停止させた僅かな時間の間に、タクトの“加速の力”で列車を走らせた」
運転席のシートを倒して仰向けになっているマシュが、か細い声で言う。
「でも、見るかぎりでは罠を停止させるは、ぼくらでは絶対に無理ですよね?」
「端が何処にあるのかわからないほど、びっしりと張り巡らされている。獲物は逃すは絶対にないと、誇示しているようだよ」
「タクトさんの判断を、待つしかないですね」
ビートは、見ていた。
遠くで連なる飴色の網目模様を見ていたーー。
一方、ある場所での出来事だった。
「〈レッド・ウインド号〉から緊急要請です」
「内容を説明しろ」
「仕掛けられた罠の為に、列車が立ち往生しているとのことです。よって、救援を……。え? どうされたのですか、その制服は確かーー」
「俺の腕に陽光の服の袖を通す、文句あるのか?」
男の熱り立つ様子に、軍服を身に纏った男性が身震いをした。
「代われっ!」と、男は座席から男性を押し退けて、通信機の受話器を握りしめる。
「おうっ! 久しぶりだな。ははは。そう、ぽこぽこ怒るな。どっちみち〈紅い風〉に向かうところだった。理由か? 後で説明するから、待ってろ」
通信を終わらせた男は、通信機の受話器を受話器受けに置く。
「司令官……。ではなくて、バースさん。列車の停車ポイントがわからないのに、通信は何故、出来たのでしょうか?」
「知るかっ! 列車を追う口実が出来たのだ。んじゃ、行ってくるからしっかりと、指令室にいるのだぞう」
「嬉しそうに、行ってしまった」
軍服姿の男性は、バースが鼻唄混じりでスキップをしている後ろ姿を呆れた顔で見つめていたーー。
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カナコは、待機している車両から出ようと座席から立ち上がった。
「何処に行くの?」
「静かにしてよ。ふたりが起きちゃうでしょう」
シャーウットとホルン=ピアラは座席に腰掛けたまま、睡眠をとっていた。物音をさせまいと、カナコは褄先で車両の通路を前方へと1歩ずつ移動をしていた最中で、ふたりと同じく寝ているだろうの、ハビトに呼び止められてしまった。
「カナコが行っても追い返されるだけだ」
「安心して。さっき、思いっきり拒否をされたわ」
「失礼。そういえば、そうだった」と、言うハビトは車両の扉を開いた。
「タクトが余計なことまで喋らないように、見張りに行く」
「キミとハイン先生が言い合いになっても、ボクはフォロー出来ないよ?」
「ついてくるは、しなくて結構よ」
カナコは車両の扉を潜り抜け、前方へと通路を駆けていったーー。