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38両目

 リレーナ。

 大学院生であり、タクト=ハインが現在休職中の大学での助手を務めている女性。


 そして、タクト=ハインの恋人。

 彼女はタクト=ハインの志しを承諾して【グリンリバ】でタクト=ハインの帰りを待つと決めていた。


 そんなリレーナが今【此所】にいる。

 単純に考えれば、タクト=ハインを追いかけて来た。待つと誓っていたのに、結局はしびれを切らせた。


 嬉しいが、素直に喜べない。

 どうやって【此所】に来ることが出来たのかと、タクト=ハインはリレーナに問い質すことにした。


「内緒」と、リレーナにさらりと、はぐらかされてしまい、タクト=ハインは堪らず顔をしかめた。

 しかし、ここで感情を剥き出しにしたら此方の立場が不利だと、タクト=ハインは話題を変えることにした。


 リレーナの身なりが気になっていた。

 《奴ら》が祭に興じているのは本当なのかと、タクト=ハインはリレーナに確めた。


「びっくりしたでしょう。頭に被る灯籠は紙で出来てるの」

 リレーナはタクト=ハインに頭に被っていた金色の灯籠を持たせた。


「でも、衣装はもっとあとからの時代の型だ。当時の【国】の服装は、一枚布を被ったようなのが主流だった。それは、僕も知っている」


「【此所】は歴史の寄せ集め。これだって、今の時代では希少価値な資源」

 リレーナは、身に纏う衣装の袂から取り出した、黒い液体が詰まった筒状の器をタクト=ハインの掌の上に乗せた。


「“ストーン・オイル”か。リレーナ、キミはこの為に【此所】に来た?」

「《あれ》が【此所】の地質調査の為に人員を集ったの。そのリーダーにと《あれ》はわたしに誘いを掛けた。勿論、首を縦に振ったわ。だって、あなたが志した“今を護る”に繋がっている。わたしにとっては、本当にチャンスだった。あなたと絶対に会えると、信じられたから」


「《奴ら》はキミが思っている以上に恐ろしい存在だ。その証拠にキミの左腕に巻かれているのは《奴ら》に忠誠心を誓わせる“道具”だ。僕も一時はそれを被せられた」

 タクト=ハインはリレーナの左腕を両手でそっと包み、填められている象牙の腕輪を指先で拭った。


「外すは、どうやって出来たのかしら?」

「方法は……。いや、キミに合う何かのきっかけが絶対にある」


 リレーナはタクトの掌を解くと、目頭を指先で押さえた。


 ーータクト、タクト……。


 涙声で、リレーナは何度も囁いていた。


「泣かないで、リレーナ。バースさんに事情を説明してみるよ」


 リレーナは、タクト=ハインの腕の中で泣きじゃくったーー。



 ======



 タクト=ハインは集会所にルーク=バースを呼び、リレーナについての話しをした。


 話しを聞き終えたルーク=バースは「“今の場所”に戻れ」と、リレーナを促した。


「わたしはあなた方と一緒にいたらいけないのですね?」

 リレーナは、異議を申し出ようとしたタクト=ハインを止めて、バースに言った。


「あんたがタクトを恋しがっているは解った。しかし、あんたが踏み込んだのがどんなものかと、あんたは後先を考えていなかった」

「バースさん、でしたよね? でしたら、あなたは何故、タクトの援護に踏みきったのでしょうか」


「勘違いするな。タクトは我々とは違う使命で【此所】に来た」

「曖昧な。いえ、あなたが今おっしゃったのは、タクトの立場を利用していると、断言したようなものですね?」

 リレーナはルーク=バースから翻して集会所の扉を開いた。


「待てっ!」

 ルーク=バースは、リレーナを追い掛けようとしているタクト=ハインを呼び止めた。


「バースさん、僕はあなたが大切です。でも、リレーナは今の僕が生きるための支えでの存在なのです」


 ーー《奴ら》に利用された、俺とアルマの娘と息子はどうするのだ……。


 ルーク=バースの震える声がして、タクト=ハインはドアノブに添える掌を離した。


「もう少し、リレーナを交えてのお話し合いをしましょう」

「俺はアルマを呼ぶ。おまえは、リレーナを連れてこい」


「了解」

 タクト=ハインは、建屋を飛び出したリレーナを連れ戻したーー。



 ======



「あの人、優しいね」

 リレーナは集会所で一晩過ごすことになり、タクト=ハインが用意した夜食の野菜リゾットに舌鼓をしていた。


 リレーナがいう“あの人”は、ルーク=バースのことだと、レモンティーを啜るタクト=ハインは直ぐに解った。


「おちゃらけているところがあるけれど、凄く真面目な人だよ」

「そんなあの人の奥さんて、忍耐強い方だわ」


 リレーナの言うことに、タクト=ハインは堪らず笑みを湛えた。


「だ、そうですよ。アルマさん」と、タクト=ハインはアルマへと振り向いた。


「“女”としての立場が私と同じのそなたをほっとくは、しない」

 珈琲が淹れてあるカップにアルマは角砂糖を10個投入すると、撹拌させて中身を一気に飲み干した。


「タクト。この人、目力が強いね」

「全部だよ。あのバースさんでも負けるほどの最強。もとい、リレーナ。今のうちにアルマさんから“女の強さ”を教えて貰いなさい」


 タクトは空になった食器をトレイに乗せて給湯室に運び、洗い物をした。


「私が男だったら、そなたがとった行動を叱りつける」

「タクトにも、真っ先に叱られたわ。勿論、あなたのご主人にもね」


「こうなれば、我々はそなたと取引をするしかない。リレーナ、そなたが得てる《奴ら》の情報の開示を頼む」


「〈宇城の大野〉から道の境を西へと越えた〈有明の原〉が〈育成プロジェクト〉が執り行われる場所よ」

 リレーナは目蓋を擦っていた。


「解った。脚を伸ばして睡眠をとるのだ」


 アルマはリレーナが就寝するのを見届け、隣の部屋で待つバースとタクトの元へと向かった。



 ======



 この日が訪れる。


 ルーク=バース、タクト=ハイン。そして、アルマは暗黙の了解を言葉で確かめ合うのに躊躇っていた。


 〈育成プロジェクト〉はまだ執り行われていない。理由は子ども達と引率者が【現地】に訪れていない。しかし、実施への準備は整っていると、リレーナは言っていた。


「〈プロジェクト〉のカリキュラムは【現地】で知らせる。僕が《奴ら》から伝えられていたのは、それだけでした」

 タクト=ハインは唇を噛み締めていた。


 《奴ら》は〈育成プロジェクト〉の詳細をタクト=ハインまでにも極秘にしていた。

 おそらく外部に情報が漏れるのを防ぐ為にだろうとルーク=バースは解釈するが、タクト=ハインは易々と口を軽くしない。知っても抱え込む性分だ。


 陽光隊としての同志の時期があったとはいえ、今のタクト=ハインが身を置いているのは《奴ら》の組織内。今の我々との板挟みであったことには変わらない。

 そして、リレーナまでが《奴ら》の懐に入り込んだ。タクト=ハインからすれば追い討ちをかけられた情況になってしまった。


 タクトの立場を利用している。我が子達は利用されている。

 リレーナとの口論の末、タクトに投げつけた感情論。


 正当性を主張して、現実を否定していた。


 〈プロジェクト〉メンバーと我が子達が我々の手から離れての先は、我々では介入出来ない。


 タクトに委ねるしか方法がない。

 ルーク=バースの、躊躇い続けていた思考だった。


「タクト、カナコとビートを頼む」

「はい」


「俺たち、揃って【グリンリバ】に帰るぞ」

「……。はい」


「“男”してのけじめ、リレーナにちゃんとしてやるのだ」

「この場で、しかもバースさんが言うことですか?」


()()だ」


 ーー了解……。


「“男”というやつは……。」


 バースとタクトの戯れ姿に、アルマは愛想笑いをしたーー。



 ======



 決められていたことだから、避けるは出来ない。


 父と顔を合わせる時間を過ごせたのは嬉しかった。でも、もう少し引き締まった顔をしてほしかったーー。


「じゃあね、お父さん」


 しばらくの別れとはいえ、あっさりとしたカナコの挨拶にバースは苦笑いをするしかなかった。


「何をがっかりしておるのだ」

 アルマは中身が詰まって膨らむリュックサックを、バースに背負わせた。


「入れすぎじゃない?」

 ベルトが肩に食い込むほどの重量感に、バースは堪らず足を縺れさせた。


「行って参ります。リレーナ、案内をお願い」

 タクトはバースに敬礼をすると〈プロジェクト〉メンバーを連れて〈ムラ〉の正門を潜り抜けた。


「行っちまった」

 バースは、寂しそうに呟いたーー。



 一方、カナコは父の様子など振り向きもしないほど気にしなかった。

 タクトの傍にぴたりと、引っ付いている女性が気になっていた。


 メンバーを〈プロジェクト〉が執り行われる場所へと案内すると、女性が〈悠凜のムラ〉にやって来たのは昨夜だったと父から聞かされた。


「カナコ、みんなと一緒にいてよ」


 口元をぎゅっと、かたく綴じるカナコがタクトの腕を掴んで見上げていたーー。

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