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35両目〈紅紫の日向 ③〉

 見えるのが、すべてではない。

 嗅ぐ匂い、舌に乗せる味。

 耳に手に、音を触を。


 ソールは真実に辿り着く為に、感覚を研ぎ澄ませながら靴を鳴らしたーー。



 ======



 ロウスが言っていた通り〈此所〉には何もかもが揃っている一方で、偏りがあることにソールは目をつけた。


 外見は古代的な〈ムラ〉の風景だが、今居る集会所の建屋内のみ、電気が通じている。


 天井からぶら下がる照明灯、プラグが差し込み可能な壁のコンセント。空調設備までがあり、快適な空間を維持していた。


 ソールは危機が起きた“現場”にミリィを同席させて、真実の核心的部分に踏み込むを始めた。


 タクト=ハイン。

 ニケメズロ。

 マシュ。

 タイマン。

 ハケンラット。

 この5名は、傍観をしただけだった。


 ザンル。

 陽光隊の指揮を執るを担うルーク=バースの危機を察知して、原因になったと思われる茶の混入物を見極めたと、なっている。


 バンド。

 混入物の特徴を特定したと思われる発言をした。


 タッカ。

 危機が起きた頃、建屋の外にいた。


 ロウス。

 ソールは、危機を企てた張本人だと決めつけるはしなかった。


 切り出しはこうだと、ソールは決めていた。


「ザンル。キミは茶の混入物が〈ネニイリ草〉だと、見抜いたのだよな?」

「え。ええ、そうヨ。バンドだってしっかりとわかったワ」


「その時、部屋は明るかったか?」

「寝明かりを灯していたワ。此処からのカンカンとした明るさで別の建屋にいる子ども達のひとりが寝付けないと、アルマちゃんからの苦情があったから、足元が見える程度の明るさにさせてと、大将が交渉したワ」


 アルマ。

 危機の場に居合わせていなかった、陽光隊の紅一点。


 ザンルの回りくどい言い方はどうでもよかったが、引き出された言葉にソールは切り返すことを決めた。


「影は、どこに落ちていた?」

「カゲ? 薄暗い部屋では、あるかどうかなんてわかりっこないワ」


「ミリィ、部屋の灯りを消してれ」

「わかっただぁ、ソールさん」


 ミリィは照明灯から垂れる紐を引っ張り下げて室内を暗くさせた。


「今度は寝明かりを灯してくれ」と、ソールはミリィを促した。


 かちかちと、紐が下がる音がしたあとに、室内は朱色で染まった。


「ザンル。照明灯の真下に行くのだ」


 ソールの促しに、ザンルは渋々と腰を上げる。


「手元はどうなっている?」

「ぼんやりと見えるけど、暗いワ……。」

「ザンル、キミはこの状況下で混入物を見極めたのだな?」

「……。そうヨ。バンドだって、はっきりとわかったワ。ね、バンド」


「〈ネニイリ草〉をさして言ったわけではない。茶に混じっていたのはたぶん、加工品だと……。」


 バンドの言い方に、隊員達がどよめいた。


「ちょっとぉおお、バンド。それに、みんなもよ。大将はお茶を淹れたのが誰かと訊いていたでしょっ! そしたら、ロウスは自分だと。だから、ワタシはロウスに……。」


「ザンル、うたるっぞっ! ロウスはそぎゃんやつじゃなかて、おどんが言ったとば、忘れたとかっ!!」

「僕は『“混ぜられた葉”は何処から持ち込まれたのでしょうか』と、バンドさんに訊ねました。ザンルさんがお茶に混ざっているのは〈ネニイリ草〉と、おっしゃったので、そこで思い浮かべたのは“葉”だった。今思えば僕の“思い込み”だったのかと……。」


 ハケンラットとタクト=ハインが立て続けに言うと、ザンルは口元をわなわなと、震わせた。


「バンド。キミは〈ネニイリ草〉の効能を知っていた。此方が聞く限りでは、ザンルの見解と一致している。だが、先程のキミの言い方は矛盾している。ザンルでなくてもそうだと受け取られる」

 隊員達の険悪な雰囲気を阻止しようと、ソールは堪らず口を突いた。


「茶殻の匂いは“緑茶”そのままだった。もし、茶に突っ込まれたのが顆粒系の加工品だったら飲む頃には溶けきっている。アニキが好む濃茶なら、味が誤魔化される」


「バンド。キミには“(混入物)”は、まったく見えなかった。と、言うことだな?」


 バンドは「ああ」と、ソールに頷いた。


「モウッ!!」

 ザンルは癇癪を起こした。


「ザンル、見苦しいぞ」

「タッカ。イヤよ、イヤイヤッ! ひどいワ、どうして、あんまりだワッ!!」


 ザンルの感情は、止めに入ろうとしたタッカをはね除けるほど膨らみが増すばかりだった。


「おい、キミ達」

「ソールさんよ、ほっとくのだ。タッカにザンルを押し付けている間に、話の続きを頼む」


 ソールはザンルとタッカの様子に困惑していると、タイマンがノート型電子機器を操作しながら促した。


「隊長の異変は、お茶を飲まれた直後だった。それは見間違いではないよ」

「マシュの言う通りだ。オレにもはっきりと見えていた」


 マシュとニケメズロは、荒れるザンルの傍から離れてソールに告げた。


「解った。ところで、茶そのものを目視以外で確認したは、誰かいたのか?」

「おどんもばってん、此所におっやつらは物質ば、感知する“力”はもたん。すっには、機械がいる」

「これは〈此所〉の備品を失敬してる。しかし、そんなシステムは搭載されていない。最新式の機器だったら、プログラムの入力は可能だがな」


「ソールさん。おどんは、だんなば、診たばってん、眠っとる以外はなんも判らんかった」


 ソールは瞳を綴じて「むう」と、鼻から静かに息を吹いた。


「“力”か……。そこまで考えが及ばなかった」

「ソールさん?」

「すまない、タクト。俺は肝心なことを見落としていた」

「謝らないでください。ソールさんは僕たちの為に、貴重なお時間を割いてくださったのですから。ロウスさんだって、僕と同じ気持ちですよね?」


「騒ぎでまだ、会わせていなかった。タクト、アルマさんを連れてきてほしい」

「そうですね、ロウスさん」


「ソール、キミは此方へ」

 タクト=ハインが建屋の外に出ると、ロウスはソールを隣の部屋へと案内をした。



 どうみても、ただ寝ている。


 鼾で噎せながら寝返りをうつ男こそが、彼らの隊長ルーク=バースかと、ソールは目付きを鋭くした。


「あれだけ騒々しくしていたのに、ご覧の通りだ」


 ロウスが呆れ顔をしていると、ソールはにやりと、笑みを湛えた。


「ソール」

「どうした? ロウス」


「こいつが起きたら、ぶっ飛ばして良いぞ」

「おまえと、こいつ。どっちをだ?」

「俺達を含めて、全員だ」


「止せよ」と、ソールは苦笑いをした。


「駄目ですよ、ロウスさん。僕の後ろにいるアルマさんが怖い顔をされますよ」


 タクトか。と、ソールが振り向いた。


 ルーク=バースの妻、アルマ。

 ミリィには悪いが、容姿は流石だ。もとい、見たまま強そうな女性だと、ソールのアルマへの印象だった。


「話の一部始終をタクトから聞き出した。客人、いや、ソール氏よ、すまなかった。この“バーカ”の為に、色々と付き合わせてしまった」


 凄い言われ方だ。と、ソールはルーク=バースの寝顔を見ながら思った。


「しかし、感謝をする。ソール氏、おまえの奴らへの誘導、見事だ」


「あ」と、タクトは小さく驚いた。


「そうだ、タクト。俺はキミ達の誰かが危機を企てたと、口は突いていない」

「引き金は、ぐーすか寝ている“バーカ”だ。真っ先に騒いだザンルもだが、つられた馬鹿野郎達も大馬鹿者だっ!」


「あはは。連帯責任は避けられないですね? ロウスさん」

「タクト、笑っている場合か。アルマさんに叱られたことには、変わりはないのだぞ」


()()()、任せたぞ」


「ソール氏、良いのか? おまえがミリィと彼是と調べてくれたことを、台無しにしてしまうのだ」

 アルマは鼻息を荒らげた。そして、ぱきぱきと指の関節を鳴らすをした。


「ソールさん、止めてください」

「流石に、夫婦間には介入出来ない」

「賢い選択だ、ソール」


 ずんずんと、バースへと迫るアルマに慌てるタクトと素っ気ない言い方のソール。そして、ソールに相槌をするロウスは一斉に「ごくり」と、咽を鳴らした。


 すうはあ。と、アルマの呼吸を整える息遣いが止んだと思った瞬間だった。


 ーー起きろっ! バーカァアアアッ!!


「“技”を受けるほどの寝坊はしたくないな、タクト」

「それはちょっと違うと思います、ロウスさん」



「……。はあ、アルマのローリングソバットは、ヤバすぎる」


 溜息と首の関節を鳴らすだけで済んだ。この男はどれだけ頑丈なのだと、ソールは呆れ顔をしたーー。



 ======



 “思い込み”という“力”は恐ろしいものだ。


 重ねあった情況で、実際に事が起きたと錯覚しての連鎖反応が、危機の原因だった。

 男はそれを逆手にとって、身体を張った。だが、何の為にかは訊くつもりはない。


 真正面で見る、男の曇りがない目で見たのがすべてだと、ソールは音がない呟きをした。



 〈ムラ〉に陽が昇る頃、ソールとミリィは陽光隊達の前にはいなかった。


 ルーク=バースは一枚の硬貨を握りしめていた。


 ーー御守りとして、あんたが持ってろ。


 奴はそう言って、掌に硬貨を押し込んだ。

 何故、自分にと訊くものの、奴は奴の相棒の手を引いて駿足していった。



 陰に陽に。


 ソールという男を知るには、あまりにも短い期間だった。


 だが、ルーク=バースは思った。

 奴も、日陰と日向を行き交う役目を担っている。

 ある時は裏に回り、ある時は表立って。

 躓いても転んでも何度でも立上がり、前を向くを貫いている。


「ミリィさん、愉快な方ですよ。僕を見るなり『ああっ! 蒼いお釣りの人だぁ~っ!!』と、おっしゃいました。僕には、何がなんだかさっぱりでしたけれどね」


 タクトの口の突きで思い更けが台無しだと、バースは落胆するものの、はっと、顔つきを変えるをした。



「タクト。俺がソールから貰った“御守り”を、おまえが預かっててくれ」


 ルーク=バースは握りしめていた硬貨を、タクト=ハインの掌に押し込んだーー。

ソールさん、ミリィさん。お疲れ様でした。

トト様の心優しいご協力に、大感謝を申し上げます。

これにて、エピソード〈紅紫の日向〉おしまい……です。

※次話は、番外編の更新を予定しております。

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