34両目〈紅紫の日向 ②〉
今回もトト様著『サザンの嵐・シリーズ』より、ソールさんとミリィさん登場です。
〈ムラ〉から見た東の空が、うっすらとした紅紫に色付いていた。
ひとりでいるのが、落ち着く。
バンドは〈ムラ〉の柵を越えて、川の土手で仰向けになっていた。
ルーク=バースが危機に陥ったことを巡って、陽光隊達に亀裂が生じた。最初は結束力を高めていたが、じわじわと蓄積された疲労感の為にか愚痴を溢したマシュを皮切りに啀み合いを始めた。
手に負えないと、バンドは同志を撒いて建屋の外に出た。
夜明けの空を見上げるのは久しぶりだと、バンドは土手に生える草の茎を折って、葉を唇に押し当てようとしていた。
ーーひぇええ~っ! ソールさぁああん、人が落ちているですだぁああ~っ!!
随分と近くで。しかも矢鱈と甲高い声がすると、バンドは葉を棄てて起き上がった。
ーーぎゃあああっ! ゾンビでしただぁ~っ!! ソールさぁああん、砂糖と塩を混ぜて投げつけて退治するだぁああ~っ!
無茶苦茶ことを言いやがる。と、バンドは半ば怒りを膨らませていた。
「ミリィ、よく見てみろ。こいつの見た目は腐りかけているが、ちゃんとした生者だ」
今度は野郎か。と、バンドは膨らむ怒りを堪えながらざくざくと、草を踏みつけて声がした方向へと歩み寄った。
「初対面の奴に喧嘩を売る気はないし、騒ぐもしたくない」
バンドなりの冷静な対応だった。
「ひぇええん、ソールさぁああん。わたしたち食べられてしまいますだぁ~っ!!」
この娘の頭の中はどうなっているのだ。と、バンドは呆れていた。
「止せ、ミリィ。悪いな、お兄さん。悪気はないが、こいつはどうもそそっかしいところがあってさ。だから、出している“グー”をおろしてよ」
こいつらは何者だ。
バンドは「やなこった」と、男の促しを拒んだ。
「おいおい、ついさっき言ったことは出鱈目だったのかよ?」
「悪いな。あんたらの素性がわからないうちは、此方なりの手段をとらせて貰う」
「ソールさぁああん」
ミリィは泣きかぶってソールの腕にしがみついた。
「狼狽えるなミリィ。で、お兄さんよ。あんたの手段が何なのかを教えるのだ」
ソールはミリィをかばいながら、バンドを睨み付けた。
「ついてこい」
握りしめていた拳をポケットに押し込んだバンドは、ふたりに顎を突きだして促したーー。
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バンドが戻ってきた。しかも、知らない誰かをふたりも連れてきた。
〈ムラ〉の集会所にいた陽光隊達は、顔を強張らせながら身構えた。
悍ましい雰囲気の原因は何か。数多の冷たい視線を浴びるソールは気になった。
「おまえら、慌てるな。こいつらが何だかまごまごとしていたから、息を落ち着かせる為に俺が誘ったのだ」
こいつなりの気遣いなのかと、ソールは鼻腔をひろげた。
「ああ、そうなのだ。何せ【此処】での土地勘がないから、うろうろと彷徨っていたところを助けて貰った……。のです」
とりあえず、身を。特にミリィを護る為にと、此所に案内した男の話に合わせることをソールは選んだ。
「そうだったのですね。どんなご事情で【此処】に来られたのかはお話出来ますか?」
「ああ、いいとも」
落ち着いているさまの青年だと、安堵したソールは頷いた。
そして、ソールは語った。
耳を傾けていた陽光隊達は、ソールが口を突いた【国】と《奴ら》に、反応をした顔付きをした。
「ソールさん、ミリィさん。あなた達との巡り合わせは運命だった。ソールさんが持っている石盤が証拠です」
ソールの語りの締め括りで、タクト=ハインが言った。
「タクト、だよな? キミは何故、其処まで俺たちを信じられるのだ」
「“運命”と、重ねて申し上げます」
タクト=ハインは、ソールに笑みを溢していた。
「タクト。此方は、貴様が言う綺麗事の状況ではない」
鼻息を噴くタッカが、タクト=ハインをじろりと、睨み付けた。
「タッカルビさん、綺麗なお顔が焦げてますだぁああ」
「娘っ子。あた、よかね。おどん〈ビビンバ〉ば、食いとうなった、ばいたっ!」
「黙れ、ハケンラット。貴様らも笑うなっ!」
タッカの顔は真っ赤になっていた。
「ソールさん、ミリィさん。ごめんなさい」
「謝るな、タクト。異国の伝統料理の言い分は、間違ってない」
タクトはソールの言い方に、笑いを堪えた。
「正直に申せば、僕たちは参ってます」
「仲間の誰かを疑う。そこまで追い詰められているのだよな?」
「バースさん。いえ、僕らの隊長が一番に嫌がることをするかしないか。と、揉めているのも本当です」
ソールは瞳を綴じて、鼻から静かに息を吐いた。
「キミ達の大切な人の為に、俺も手を貸す。勿論、無償だ」
「でも」と、タクトはソールに驚愕した。
「真実に辿り着く。俺が出来るのは其処までだ」
「了解」と、タクト=ハインはソールに敬礼をしたーー。
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陽は空に高く昇っていた。
子ども達を、空腹と喉を渇かせたままではいけないと、ロウスが率先して食事の用意をした。
ルーク=バースの危機は、記憶に鮮明。
食材の選び、調理の手順。味付けの過程から試食。慎重にと、ロウスはマシュとニケメズロを立ち合わせて、子ども達に料理を振る舞った。
一方で、ソールは〈ムラ〉一郭をくまなく歩いた。
〈ムラ〉の田畑で栽培されている作物、自生している植物、飛翔している昆虫。游ぐ川魚の採集を、ソールはミリィと手分けして行った。
ソールは高床倉庫の中にいた。
彼らの隊長、ルーク=バースは此所から持ち出された茶葉で淹れられた茶を飲んだ直後に倒れた。
ソールは倉庫の床をぎしぎしと、踏みしめた。
棚に置かれている木の箱に手を伸ばして蓋を開くと、中身を目視と触れるで確認した。
さらに両手ですくって、匂いを嗅いだ。
手触り、匂い。間違いなく茶葉だと、ソールは蓋を閉じた。
茶の混入物は何処にある。
倉庫から出たソールは〈ムラ〉一郭を見渡した。そして、食事の後片付けをしているロウスへと、ソールは歩み寄った。
「ああ、これで淹れる茶の湯を沸かした」
ロウスは薪の燃え粕が燻っている、岩で組めた竃に指を差した。
水は何処からと、ソールはロウスに訊ねた。すると、空の食器を積めた盥を抱えるロウスは、竃の真向かいに聳える断崖へと移動した。
湧き水だろう。断崖に射し込まれている竹筒の口から流れ落ちる水が、岩をくり貫いた曹を満たしていた。
「〈此所〉は何もかも揃っている。無断で使用しているのは心苦しいが、滞在中での生活ではやむ負えないと、バースが許可した」
曹から溢れる水はさらに一段下にある曹にと溢れており、ロウスは食器を浸した。
「水を飲ませてくれ」と、ソールはロウスの許しを得ると、コップに注いだ水の匂いを嗅ぐをして、中身を飲み干した。
「おまえ、マメだな」
「バースも同じことを、しょっちゅう言っている」
ソールとともに〈ムラ〉の広場へと移動をしたロウスは、丸太の支柱で固定されている木の台の上に、水をきった食器を置いて並べた。
「日光消毒か」
「他所様のお子さんを預かっている。衛生面と安全性の過程は、義務だ」
残るは、異物が茶に混入した経路。ソールの足取りは自然と重くなった。
ロウスはひとり、野外で茶の支度をした。場にひとりでも居合わせていたら、危機は回避されていただろう。
覆水不返。今やるべきことは、真実に辿り着くをする。
ルーク=バースという男は知らないが、男達にとっては背中をあずけるほど、男の生き様を心に刻ませている。
どんな男だと、ソールは知りたくなった。その為にも、彼等にひと肌脱ぐを決めた。
あと少し手がかりを捜そうと、ソールは翻して靴を鳴らしたーー。




