31両目
目的は【国】で展開されているだろうの《奴ら》の実態を掴む、そして壊滅させる。
《奴ら》が集った子ども達は、我々が必ず親元へと帰す。
誓いは強く、志は気高くと、ルーク=バースは同志と士気を高める一方で、矛盾しているとも思うのであった。
誰かを捲き込んで己れの信念を貫くをしている。家族、仲間の存在なしでは、此処まで辿り着けなかった。
我が息子、ビートの異変をはっきりと目の辺りにしたルーク=バースは、時の向こうに置き去りにしていた“事実”と向き合う。
本来の目的は何か。
ルーク=バースは漠然としていた意思を明確にしたーー。
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“紅い列車”が到着した大地に〈一行〉は降り立った。
【ヒノサククニ】が目の前にある。今いる場所は【国】に入るための関所だと、空に高くと濃緑で生い茂る叢の先端をルーク=バースは見上げていた。
カナコはルーク=バースのじっとしている立ち姿を見ていた。
扉が開くを、父は待っている。
カナコはルーク=バースの背中を見ながらそう思った。
ーー暁の風よ【ヒノサククニ】を隔てる扉に吹き込んで……。
風の音に交じる、扉を開く為の呼称が聞こえると、カナコは耳を擽らせる。
「カナコ、おまえも手伝いなさい」
父、ルーク=バースが微笑みながら振り向いている。父にも聴こえていたと、カナコは返答として頷いた。
カナコはすう、と、息を吸い込むと、掌を空にと翳して“暁の光”を解き放した。
ざわざわと、草の葉が擦れ合う。
光と風が扉を叩いている音だと、扉を開かせようと、カナコは呼称を高らかに口吟む。
ーーカナコ、呼吸を大気に溶かせなさい……。
タクトだ。タクトの声だと、カナコは今一度息を吸い込み、吹く風に「ふう」と、息を吐くと薄紫色で螺旋状になった光の帯が表れた。
カナコは両手で光の帯の端を握りしめて、黄金色の空へと舞い上がらせるように腕を振り上げた。
揺れて、廻る。カナコは掌から光の帯を離すと先端が叢を貫いていく。
目を凝らして見えるのは、傾きがゆるやかなさまの丘陵。その頂きにと“翠の路”は続いていた。
陽が大地に咲いている。
頂きで空と同じ輝きと瞬きをする光が大輪の花のようだと、カナコは心を震わせた。
「お父さん、行こーー。」
カナコは振り向いた先を見て、呆然となってしまった。
たった今まで、其処にいた〈仲間〉が誰一人いなかった。父も母も、そして弟のビートまでが何処を見渡しても見えない。
何が起きたのかと、カナコは焦っていた。落ち着こうと、目蓋を閉じて「すぅ、はぁ」と、深呼吸をした。
ひとりになってしまった。
夢ならどんなにいいのだろうと、想いを膨らませながら目蓋を開くが、突き付けられた現実にカナコは涙ぐんでしまった。
ーーカナコ、安心して。あなたのご両親を含めての皆さんは【国】の南に位置する〈悠凜のムラ〉へとご案内してます……。
優しく、柔らかい少女の声が聞こえる。カナコは目から溢れそうな涙を、掌で擦って乾かした。
「カナコ。わたしは何処に行けばいいの?」
ーー“翠の路”に咲いている〈ヒノミ草〉の、蒼の花を摘んで束にして……。
「それが、わたしが行く“場所”の通行手形なのね?」
ーーあなたが摘んで束ねた花は、あなたの今一番へと導く……。
声がやんだ。
声が言っていた『今一番』に心当りはある。
望むはするが、夢に夢みるようなものだった。
カナコは、声が促した通り“翠の路”に咲く彩り鮮やかな〈草花〉の中から蒼色を選んで、両手いっぱいに摘み取る。
タクトに逢いたい、タクトの生きる声が聞きたい。
カナコは摘んで束ねた蒼の花びらに口付けを終わらせて、目から溢れた涙の雫を滴らせた。
ーー蒼の花束を、光に添えて……。
止んでいた声が聞こえた。カナコは何の意味を指しているのかとすぐに解った。
カナコは“翠の路”が示していた丘の頂きに昇り、抱える花束を“陽が咲く光”へと捧げた。
大気を貫き、大地に墜ちる暁の閃光。花束を受け入れた“光”が弾ける轟の衝撃に、カナコは目を瞑らず足元を踏ん張らせた。衝撃によって表れた、光をまぶす茜色の雲海が、丘の頂きにいるカナコの膝までを覆い隠していた。それでもカナコは瞬間を見ると、じっとしていた。
ぱかんと弾ける音と、宙に撒き散らされたあとに風に吹かれて飛ぶ無数の白い綿帽子。
カナコは飛ぶ綿帽子のひとつを掌の中に包み込む。
「カナコ。わたしに素敵な奇蹟をありがとう」
カナコが掌を開くと、綿帽子は朱色で瞬く光の粒に変わっていた。
ーーあたしの記憶は大気に溶ける。あたしの魂は始めから時を刻ませるを待つ。カナコ、今度こそ、あなただけの時を刻ませて……。
「さよなら。そして、いつかまたね……。」
カナコは光の粒にそっと息を吹き込む。
風に乗って飛ぶ“カナコ”は空高くと舞い上がり、流れる綿のような雲の中に溶け込んだ。
さくさくと、土を踏みしめる音がすると、カナコは空を仰ぐを止める。
「僕がまた始まる……。カナコ、キミこそ僕に奇蹟を分けてくれた」
「わたしはカナコに助けられただけよ。お礼なら、彼女にうんと言って」
カナコは、照れ隠しにと“声”からあからめる顔をそむけた。
「僕は……。」
「たんま、まって。そんなに近付かれても、なに一つ気が利く言い方が思い付かない」
後ろの正面にいるのが誰かと、カナコは知っていた。時々のお説教振りが煩わしいと思っていたこともあった、落ち着いたさまの声。
「カナコ。お願いだから、僕を見て」
優しく、柔らかく。この声にどれだけ甘えていたのかと、カナコは涙を溢すのを堪えていた。
カナコは強がるに、限界だった。
苦しかった。蓋を閉めていたのに湧き水のように噴きあがる“情”が疎ましいと、カナコは藻掻いていた。
「わたし、泣いてないので。目に入った汗が染みたから、擦っているだけなので」
嘘をついて誤魔化したつもりだった。隠し通そうとしても鼻を啜ってしまい、溢れる感情が抑えることが出来ないとカナコは焦った。
タクトがいる。
ふわりと、包容される感覚。耳元を擽る吐息の温もり。全ては本物のタクトだと、カナコは振り払うことを躊躇った。
「泣かないで、カナコ。僕はこの通り、ちゃんと全部があるよ」
「わかってるわよ。でも、でも……。」
赦されているのが辛い。責められて楽になるをしたかった。赦されない罪を背負って生きると、カナコは覚悟をしていた。
「キミは僕が大切にしているおふたりのお子さん。キミの“今を護る”のは、僕の役目だから」
震える指先が忌々しい。目から溢れる涙が鬱陶しい。これでは引き返すなんて出来ないと、カナコは頬にいっぱい息を吸い込んだ。
ーータクト、今だけわたしを受け止めて……。
カナコを包むタクトの腕が解れた瞬間だった。
【ヒノサククニ】の地を踏みしめるタクト=ハインの唇に、カナコは震わせる唇を捺したーー。




