30両目
“紅い列車”は変わっていなかった。いつかまた、我らを乗せると誓っていた。
深紅の車体、列車の名称が刻まれている金色のプレート。車内の内装と壁の落書きがそのままだと、ルーク=バースは“紅い列車”の通路を踏みしめた。
「よく、耐えてくれたな。そして、またよろしくな」
列車の運転室にルーク=バースは居た。
座席に腰掛け、前方に広がり見える白い景色を見つめながら運転レバーを指先で撫でた。
「隊長。其処、ボクの場所ですよね?」
そわそわと、そしてどこか不安そうなマシュだった。
「心配するな。この列車は、おまえにしか動かせない」
バースは運転席から腰を上げて、マシュと入れ替わった。
「発車、オーライッ!」
運転室にマシュの嬉々とした声が響き渡ったーー。
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“紅い列車”は穏やかな駆けをしていた。
車窓から見える景色は蒼と暁と、色を交互にさせて彩らせていた。
カナコは救護室のベッドで横になっていた。
負傷していた脚で“蒼の路”を歩き続けた為に身体への負荷が大きかった。
【国】に到着するまでは安静にと、カナコは点滴を射たれてベッドの上にいた。
「カナコ、悲嘆にくれるな」
介抱をするアルマが、カナコを察するかのように言った。
「してないよ。悔しいと、思っているだけだから」
母だけど、子供としては振る舞えない。母は父と同じく何かに立ち向かうをしている。弱音を吐けば母を困らせるだけだと、カナコはアルマに強がりを見せたのであった。
「今、此処にいるのは私たちだけだ。だから、だから……。」
アルマは言葉を詰まらせていた。カナコはアルマが何を言いかけているのかを解っていた。
言葉にしていいのかと、カナコは迷っていた。
ーーお母さん、今だけ甘えさせて……。
カナコはアルマの腕の中にいた。
愛おしく、優しく。アルマはカナコを包み込んでいた。
列車の心地好い揺れと母の温もりで、カナコは寝息を吹いての夢見心地となっていたーー。
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ベージュ色の髪は父親譲り、澄みきった蒼の瞳の色は母親譲り。
ビートは列車の個室に居た。
窓から見える、蒼と暁が交じっての光が流れる景色が綺麗と思う一方、なんとなく悲しいさまになっていた。
ビートは目を擦っていた。
強い眠気と止まらない欠伸。ビートは【国】に到着する瞬間を見たいと、ベッドに寝そべるのを堪えていた。
ーービート、ちょいとお邪魔するぞ。
ドアをノックする音に混じって、父親であるルーク=バースの声がした。
「お父さん、お仕事は?」
ビートはドアを開き、バースの顔を見るなりそう言った。
「どうした。真っ青な顔をしているぞ」
父親に話をはぐらかされた。と、ビートは思った。
「大丈夫だよ。ただ、眠たいだけだから」
「だったら、寝とけ」
「嫌だよ。ぼくが寝ている間に【国】に着いたら、みっともな……。」
がくっと、ビートの身体が傾く。
「おいっ! ビート、ビートッ!!」
バースは咄嗟にビートの身体を支えた。
ーービートッ!!
バースは目を綴じているビートを抱えて、揺すぶっていたーー。
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ーービート、兄ちゃんの手をしっかり握ってっ!
視野が矢鱈と蒼かった。その中で叫ぶのは誰だと、ビートは思った。
ーー頑張ってよ。だから、諦めたら駄目だ。
自分のことだと、ビートは気づく。
此処は何処だ。そして何が起きているのかと、濁流にのまれそうな感覚に驚愕をした。
意を決して、ビートは手を繋ぐ相手の顔を見るをした。
この人は、確か……。
目を合わせたと同時に手が解かれてしまい、ビートは帯状となっている蒼い光の渦にのまれ、流された。
「わっ」と、ビートは悲鳴をあげて目を大きく開いた。
「ビート、無理して起きるな」
今度は自分の部屋。しかも、いつの間にかベッドで寝そべっていた。
母親のアルマが、顔を覗かせながら手を繋いでいた。
「ごめんなさい、お母さん」
「おまえは、謝ることなどしていない」
アルマはビートの前髪を掻き分け、額に掌を乗せていた。
「あの……。」
「ビート、話せる範囲で構わない。何が起きたのかを教えてほしい」
母、アルマの柔らかな訊ね方だった。
「凄く眠かったのと、お父さんと少し話しをしたことは覚えている。その先が、よくわからない」
「少し、じっとしときなさい」
母の“力”が、掌を介して額へと注がれている。
ビートは全身が暖かくなる感覚に「ほう」と、息を小さく吐いた。
「【国】に着くまで寝ていなさい」
アルマはビートにそう告げると、部屋をあとにした。
ビートは言うのに迷っていた。
夢なのか現実なのかさっぱりわからない光景が見えていた。其処にいたのはーー。
母に言わなくて良かった。これでよかったと、ビートは寝息を吹いた。
ーー兄ちゃん……。
ーーごめん、起こしてしまった。
ーー兄ちゃんの所為じゃない。
あの人は、自分の中にいる“弟”とまた逢えた。その喜びを台無しにしたくない。
夢を見たことにすると、ビートは寝息を吹いていた。
その頃、アルマは〔乗務員室〕でルーク=バースと居た。
「バース、おまえの所為ではない」
「俺が“やつ”をずっと後回しにしていたには、変わりはない」
アルマはビートで取り乱していたバースを〔乗務員室〕に連れていき、待機させていた。
「ビートには、告げていない」
「ビートは“やつ”が目を覚ました衝撃の反動を喰らった。アルマ、おまえが“同調の力”でビートの中を見たのは、間違いなく現実なのだ」
「“やつ”と決着をつける。バース、その意思をおまえがひとりでやり遂げるのは、私は反対だ」
アルマは座席から立ち上がったバースの腕を掴んでいた。
「“やつ”は俺でもある。そして、ビートは俺たちの息子だ。どっちを選ぶのかは、アルマだって俺と同じ考えをする筈だ」
バースは声を震わせて、アルマの手を振り払う。
「カナコにも援護の協力を求める。私たち“家族”でおまえの“芯”と立ち向かう」
アルマはバースを手繰り寄せ、涙声で目と目を合わせた。
ーー俺だけで、十分だ……。
【国】に目前となった“紅い列車”が徐行していた最中での、ルーク=バースとアルマのやり取りだったーー。




