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30/74

30両目

 “紅い列車”は変わっていなかった。いつかまた、我らを乗せると誓っていた。

 深紅の車体、列車の名称が刻まれている金色のプレート。車内の内装と壁の落書きがそのままだと、ルーク=バースは“紅い列車”の通路を踏みしめた。


「よく、耐えてくれたな。そして、またよろしくな」

 列車の運転室にルーク=バースは居た。

 座席に腰掛け、前方に広がり見える白い景色を見つめながら運転レバーを指先で撫でた。


「隊長。其処、ボクの場所ですよね?」

 そわそわと、そしてどこか不安そうなマシュだった。


「心配するな。この列車は、おまえにしか動かせない」

 バースは運転席から腰を上げて、マシュと入れ替わった。


「発車、オーライッ!」


 運転室にマシュの嬉々とした声が響き渡ったーー。



 ======



 “紅い列車”は穏やかな駆けをしていた。

 車窓から見える景色は蒼と暁と、色を交互にさせて彩らせていた。


 カナコは救護室のベッドで横になっていた。

 負傷していた脚で“蒼の路”を歩き続けた為に身体への負荷が大きかった。

【国】に到着するまでは安静にと、カナコは点滴を射たれてベッドの上にいた。


「カナコ、悲嘆にくれるな」

 介抱をするアルマが、カナコを察するかのように言った。


「してないよ。悔しいと、思っているだけだから」


 母だけど、子供としては振る舞えない。母は父と同じく何かに立ち向かうをしている。弱音を吐けば母を困らせるだけだと、カナコはアルマに強がりを見せたのであった。


「今、此処にいるのは私たちだけだ。だから、だから……。」


 アルマは言葉を詰まらせていた。カナコはアルマが何を言いかけているのかを解っていた。


 言葉にしていいのかと、カナコは迷っていた。


 ーーお母さん、今だけ甘えさせて……。


 カナコはアルマの腕の中にいた。

 愛おしく、優しく。アルマはカナコを包み込んでいた。


 列車の心地好い揺れと母の温もりで、カナコは寝息を吹いての夢見心地となっていたーー。



 ======


 ベージュ色の髪は父親譲り、澄みきった蒼の瞳の色は母親譲り。


 ビートは列車の個室に居た。

 窓から見える、蒼と暁が交じっての光が流れる景色が綺麗と思う一方、なんとなく悲しいさまになっていた。


 ビートは目を擦っていた。

 強い眠気と止まらない欠伸。ビートは【国】に到着する瞬間を見たいと、ベッドに寝そべるのを堪えていた。


 ーービート、ちょいとお邪魔するぞ。


 ドアをノックする音に混じって、父親であるルーク=バースの声がした。


「お父さん、お仕事は?」

 ビートはドアを開き、バースの顔を見るなりそう言った。


「どうした。真っ青な顔をしているぞ」


 父親に話をはぐらかされた。と、ビートは思った。


「大丈夫だよ。ただ、眠たいだけだから」

「だったら、寝とけ」


「嫌だよ。ぼくが寝ている間に【国】に着いたら、みっともな……。」


 がくっと、ビートの身体が傾く。


「おいっ! ビート、ビートッ!!」

 バースは咄嗟にビートの身体を支えた。


 ーービートッ!!


 バースは目を綴じているビートを抱えて、揺すぶっていたーー。



 ======



 ーービート、兄ちゃんの手をしっかり握ってっ!


 視野が矢鱈と蒼かった。その中で叫ぶのは誰だと、ビートは思った。


 ーー頑張ってよ。だから、諦めたら駄目だ。


 自分のことだと、ビートは気づく。

 此処は何処だ。そして何が起きているのかと、濁流にのまれそうな感覚に驚愕をした。


 意を決して、ビートは手を繋ぐ相手の顔を見るをした。


 この人は、確か……。


 目を合わせたと同時に手が解かれてしまい、ビートは帯状となっている蒼い光の渦にのまれ、流された。



「わっ」と、ビートは悲鳴をあげて目を大きく開いた。


「ビート、無理して起きるな」


 今度は自分の部屋。しかも、いつの間にかベッドで寝そべっていた。

 母親のアルマが、顔を覗かせながら手を繋いでいた。


「ごめんなさい、お母さん」

「おまえは、謝ることなどしていない」


 アルマはビートの前髪を掻き分け、額に掌を乗せていた。


「あの……。」

「ビート、話せる範囲で構わない。何が起きたのかを教えてほしい」

 母、アルマの柔らかな訊ね方だった。


「凄く眠かったのと、お父さんと少し話しをしたことは覚えている。その先が、よくわからない」


「少し、じっとしときなさい」


 母の“力”が、掌を介して額へと注がれている。

 ビートは全身が暖かくなる感覚に「ほう」と、息を小さく吐いた。


「【国】に着くまで寝ていなさい」

 アルマはビートにそう告げると、部屋をあとにした。


 ビートは言うのに迷っていた。

 夢なのか現実なのかさっぱりわからない光景が見えていた。其処にいたのはーー。



 母に言わなくて良かった。これでよかったと、ビートは寝息を吹いた。



 ーー兄ちゃん……。


 ーーごめん、起こしてしまった。


 ーー兄ちゃんの所為じゃない。


 あの人は、自分の中にいる“弟”とまた逢えた。その喜びを台無しにしたくない。


 夢を見たことにすると、ビートは寝息を吹いていた。



 その頃、アルマは〔乗務員室〕でルーク=バースと居た。


「バース、おまえの所為ではない」

「俺が“やつ”をずっと後回しにしていたには、変わりはない」


 アルマはビートで取り乱していたバースを〔乗務員室〕に連れていき、待機させていた。


「ビートには、告げていない」

「ビートは“やつ”が目を覚ました衝撃の反動を喰らった。アルマ、おまえが“同調の力”でビートの中を見たのは、間違いなく現実なのだ」


「“やつ”と決着をつける。バース、その意思をおまえがひとりでやり遂げるのは、私は反対だ」

 アルマは座席から立ち上がったバースの腕を掴んでいた。


「“やつ”は俺でもある。そして、ビートは俺たちの息子だ。どっちを選ぶのかは、アルマだって俺と同じ考えをする筈だ」

 バースは声を震わせて、アルマの手を振り払う。


「カナコにも援護の協力を求める。私たち“家族”でおまえの“芯”と立ち向かう」

 アルマはバースを手繰り寄せ、涙声で目と目を合わせた。


 ーー俺だけで、十分だ……。


 【国】に目前となった“紅い列車”が徐行していた最中での、ルーク=バースとアルマのやり取りだったーー。

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