3両目
〈レッド・ウインド〉号は【ヒノサククニ】を目指す大地で停車と走行を繰り返していた。
タクトは運転室にいた。
「路線図がない?」
「違う。路線図をチェックしようと操作するけれど、エラーメッセージが表示されるばかりなのだよ」
運転室で、マシュが列車の電子系システムに対応が出来ずに頭を抱えていた。
「【サンレッド】まではちゃんと表示されていたんだ」
〔検索に一致したテーマはありません〕が、モニターである画面にいっぱい、何行も表示されていてた。
タクトは、追い詰められて余裕がない状態で電子機材の操作を続けるマシュの腕を掴んだ。
「どうしたらいいのだよっ!」
「怒ったところで、どうしようもないでしょう」
タクトはジャケットの左内側ポケットから手帳とボールペンを取り出した。
「列車がこれまで停車した、或いは通過した『地名』を記録する。勿論、マシュさんは覚えているでしょう?」
「え……。」
「応えられないのであれば、僕がやります。マシュさん、せめて運転室では列車の外を目視での確認を怠らないでくださいよ」
「レコーダーで車窓の外を撮影での記録は?」
「それも含めてです。頼みましたよ、マシュさん」
タクトは運転室にマシュを残して、退室したーー。
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タクトは時々、考え込む様子になる。そんなときは決まって顔が厳ついて口数は少なく、呼び掛けにもまるっきり反応を示さない。
つい、笑わせたくなる。と、カナコは決まって思うのだった。
「カナコッ!」
逆効果だった。
タクトは顔を真っ赤にして振り向く。
「タクト、人生の合間に息抜きは必要だよ」
「僕の耳元に息を吹き掛けて、僕の息を余計に抜いただけだっ!」
カナコはタクトの個室に来ていた。
部屋の扉をノックしても曖昧な返事。扉に鍵が掛けられていないのがわかると、部屋に入って目にしたのはタクトが机に向かっている姿だった。
「敏感なのね?」
「いやらしそうに言うなっ! それに、僕はこう見えてもキミよりうんと年上だ。言葉遣いに気をつけろと、何べんも言っているだろうっ!!」
「ねえ、タクト。学校の宿題早く終わらせたいから、教えてよ」
「全然、聞いていない。と、いうより誤魔化したな?」
「『【国】に着いたら、学校のことを考える暇はない。今のうちにやるべきことを済ませて“その時”に集中する為の備えをしっかりと整えなさい』と、タクトが言ったのよ」
カナコはじっと、タクトの顔を見ていた。
「〈娯楽、学習室〉にみんなを集めて」
タクトはノート型電子器具を閉じて、椅子から腰を上げるとカナコに部屋を出るようにと促したーー。
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タクトの好きな食べ物は魚だ。
走行中の列車の食堂車両に、カナコは〈プロジェクト〉メンバーといた。
夕食に副食で出された〈サンマタ魚〉の塩焼きを骨と頭を綺麗に残して身をしっかりと食べ尽くすタクトの様子に、カナコは確信した。
「食事中でもハイン先生から目を反らせないのだね?」
空になった食器を返却棚に置いているカナコに、ハビトが声を掛けた。
「あんた、変」
「理由は?」
「いっちいち、わたしがしていることに口を出す」
「ボクが先生のことを“ハイン”と呼んでいるのには気にしていないのだね?」
「わたしは“タクト”で呼んでるけれど『先生』は付けない」
「だから、ハイン先生に意識を集中させている」
「よくわからないけれど、遠回しの誘導尋問を受けているような気がする」
カナコはカウンターに並べられて置かれる陶器のマグカップをひとつ手に持ち、ピッチャーに入っている牛乳を注いだ。
「食事を残さなくなった。今までは、ちょっと食べたら牛乳を飲むで済ませていた」
「今度は、タクト?」
「随分と、角張らせた言い方だね」
カナコの隣にタクトがいた。
「わたしの『口のきき方』は、直りそうもないわ」
「僕は、其処まで介入出来ないよ」
「言い分がころころと変わるのは、不愉快よ」
カナコは頬を膨らませてぷいっと、タクトから視線を反らせた。
「ははは。怒った顔、やっぱりキミのお母さんにそっくりだ」
「冷やかさないでっ!」と、カナコは眉を吊り上げてタクトへと振り向いた。
しかし、だった。カナコの身体が左右に揺れ、足元を滑らせ食堂車両の床へと転倒する寸前で、タクトがカナコの腕を掴んだ。
列車が停車した。カナコはタクトに抱えられながら床の上で転がっていた。
「何、何?」
「ああっ! 服に汁が付いちゃった」
「洗えば落ちる。と、いうよりナルバスは何を優先に気にしているのよっ!」
ざわめく車内、床に散乱する食器と飛び散った食べかけの中身。消えては点灯を繰り返す蛍光灯に照らされている最中だった。
「お姉ちゃんっ!」
「大袈裟に、心配しないでよ」
カナコは、駆け寄ったビートにぶっきらぼうに言う。
「タクトさん、ごめんなさい」
「ビート、謝らないで」
タクトは起き上がり、カナコを立たせようと腕を伸ばして手を差し出すが、カナコは振り払った。
「お姉ちゃん、タクトさんに失礼だよ」
「もうっ! 今は、そんなことを気にしている場合じゃないでしょうっ!!」
「みんな、怪我はしていないね? ナルバス、キミは此処にいるみんなを列車の最後尾に連れていって待機していて」
「タクト、わたしもーー」
「ついてくるなっ!」
カナコはびくっと、背筋を伸ばした。
「ビート、一緒に来てくれ」
「はい」
ビートがタクトの後を追って、ぴしゃりと食堂車両の扉が閉じられたーー。
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「マシュさんっ!」
タクトは運転室に入り、マシュの様子を確認した。
「列車の前方方向を目視で確認していたら、遠くに変な物体が見えたんだ。手動レバーでのブレーキが利かなかったから、手段として“こいつ”に“緊急停車をしろ”と、入力した」
マシュは額に裂傷を負っていた。そして、電子器具のモニターに指をさして、椅子に背もたれた。
「列車が停まったのは、その為にだった。ありがとう、マシュさん」
「頭が、くらくらする……。」
「タクトさん、ぼくがマシュさんを医務室に連れていきます」
「マシュさんは頭を打っているから歩かせては駄目だ。此処で治療をさせよう」
「治療をさせるて?」
「医務室で『しくじらない』が口癖の“あれ”を持ってくるのだよ」
「……。リョウカ=ヨネ03号をですか?」
「“治癒の力”が内蔵されていて、持ち運びが出来るのは“そいつ”だけだ。僕が取りに行ってくるから、マシュさんに付いていて」
そして、タクトは医務室から治療用電子器具を持ってくると、マシュの負傷箇所に処置を施した。
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停車中の列車で、最後尾にいるカナコは座席に腰を下ろして膝を抱えていた。
「気になって、仕方ない。だよね?」
ハビトに声を掛けられたカナコは焦った。座席の端に乗せる踵を降ろすが、前方にある背もたれに額を打ってしまった。
「……。その通りよ。あんた、よく落ち着いていられるわね」
「少しは、正直になったのだね?」
「わたしの話、全然聞いてないのね」
「ボクらでは、対応は出来ない事態が起きた。それくらいは、キミだってわかるだろう」
ナルバスが、前方の座席から顔を覗かせていた。
「ハイン先生がビートを指名した。ナルバス、キミにとっては不愉快だよな?」
ナルバスはハビトの言うことに反応したのか、むすっと、顔を顰めた。
「あんたたち。喧嘩をするならば、わたしが遠慮なく激しく止めてやる」
カナコはナルバスの頬を、そしてハビトの腕を摘まんで引っ張りあげたーー。