29両目
「ナルバスッ! ナルバスッ!!」
出発だと、集合した〈一行〉だった。
ナルバスがいないと、シャーウットは慌てふためいた。
「ナルバスなら、キミの隣にいるよ」
ぽつりと、ハビトが言うのに、シャーウットはぐるりと、左で立ち姿のナルバスに気付くのであった。
「あら、いやだ。全然わからなかった」
シャーウットは口元を両手で塞ぎ、肩を震わせながら笑いを堪えていた。
ははは、と〈一行〉が笑みを湛える中で、ナルバスは顔を真っ赤にさせて背中を丸めていた。
黒の短髪と瞳。丸縁眼鏡を掛けて、首に巻くマフラーの色は、縦縞模様の青と白。服装はというと、全体的に黒で統一されている。
ナルバスは何故、こんなに黒なのだろう。しかも、分厚く着込む服だと動きづらいはずだ。
「ぼくが身に着けているのは、暑さと寒さを防いで、外からの衝撃を和らげる。そんな役割がある」
ナルバスは誇らしげにしていた。
黙って聞くカナコは、ナルバスの能弁振りに半ば呆れ返っていた。
その目立たない出で立ちの所為で、危うくシャーウットに存在を知られそびれるところだったは、ついさっきだ。
「カナコ、遠くで何か光ったみたい」
話し掛けたシャーウットの指差す方向を、カナコは目で追った。
「あれね、シャーウット」
目を細めるのを止めて、カナコはシャーウットに訊く。
「うん。カナコ、隊長さんにあなたから言って」
ブロンドの長い髪、瞳の色は宝石のような黄玉。クリーム色のスカーフを羽織り、白を基調にしたワンピース。
カナコはシャーウットが履く白いサンダルに見とれていた。
「カナコ」と、シャーウットの呼び掛けに、カナコははっと、した。
「え。えーと、何かな?」
「あなたの“お父さん”に、今見えたことを相談して」
「シャーウットのサンダルの装飾品が凄い」
「そっちじゃなくて、あの光よっ!」
「おまえら、何をケンケンと、言い合っている?」
遠巻きでふたりの様子を見ていたルーク=バースは、堪りかねて傍に来たーー。
「シャーウット、お手柄だ」
ルーク=バースは双眼鏡を覗くのを止めて、シャーウットににっ、と、笑って見せた。
「あの」と、シャーウットは戸惑った。
「お父さん、あの光は……。」
「ああ、心配するな」
「大丈夫なのね?」
カナコはほっと、胸を撫で下ろした。
「“蒼の路”は、あの光まで延びている。もうすぐ【国】に着くと、知らせている。海だったら港に着く為の灯台のようなもんだ」
バースは双眼鏡を腰に付けているホルダーに収め、カナコの右肩に掌を乗せた。
「タクト。わたしたち、今度こそ本当に着くよ……。」
遠い空の彼方を、カナコは見上げていた。
と、希望を膨らませるのも束の間、矢張りこの移動方法は何とかしてほしい。
膝に足首と、カナコは傷を負っていた。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
ビートは、脚を庇って歩くが所々でしゃがみ込むカナコが心配だった。
「もう少しで【国】に着くの。だから、この脚だってなんとか持たせるわ」
カナコはビートが支える掌を払い除け立ち上がるが、またすぐに屈んでしまうのであった。
「お父さん、お姉ちゃんが可哀想だよ」
ビートの意見は正しい。しかし、移動手段がない。
背負われろと、カナコを促すが尽く突っぱねる。バースもまた、そんな苦悩をしていた。
こんなとき、タクトならどうするのだ。と、バースは“蒼の路”の透明な壁に掌を添えた。
音の共鳴と波紋。聞く、見るをするバースは「ふう」と、息を大きく吐いた。
ーー乗り物を此処に持ってくるので、待っててください……。
今の声は。と、バースは辺り一面を見渡した。
ーーあの乗り物を待つには、矢張りそれなりの建物が要りますね?
バースは今一度“蒼の路”の壁に触れるをした。
触る度に波紋が浮かぶ。消えることはなく何かを象らせている。
バースの心は静かだった。
見える象りは“蒼の路”に連動した証拠だと、バースは確信した。
「タクト、おまえを宛にしてしまってすまないな」
象りを終えた波紋は屋根つきの建屋と、バースははっきりと見ていた。
まるで駅舎だと、来る乗り物が何かと、バースは心静かにさせて待つことにした。
聞き覚えがある音色が聞こえると、バースは耳を澄ませた。
「タッカ、何か聞こえないか?」
「バンド、貴様の腹の虫だろう」
今度は“大人”か。と、バースは渋々と、言い合をいしているタッカとバンドへと歩み寄った。
「何かでも腹の虫でもない、おまえらだってよく知っている音色だろう」
バースは顔を強張らせた。アルマがタッカの耳朶を引っ張り、バンドの鼻の頭を摘まんでいる。気の毒だが助けられないと、目に涙を浮かべるふたりから遠ざかった。
「たいちょおう、ボクの仕事が戻ってくるのですね」
ぐしぐしと、マシュが涙を溢していた。
「バース」
「ああ。先ずは腹拵えだ、ロウス」
「そっちか。相変わらず、目先の食欲を軸にしているとはな」
「ニケメズロ。あた、あくしゃばうってはいよ」
「点検は、しないとな……。おい、ハケンラット。おまえはオレのことを潰すつもりなのかっ!」
「隊長、車内の安全を確認しての乗車で良いのだな?」
「そうだ、タイマン」
車輪がレールで擦れる音と、高らかに鳴り響く汽笛。
“紅い列車”が我々のところに帰ってきた。
陽の光を浴びながら、駅舎のプラットホームに停まる“紅い列車”は変わっていないと、ルーク=バースは瞳を涙で潤したーー。




