28両目
“蒼の路”は、まだ続いていた。
時の刻みの感覚がない以外は、順調な足取りの〈一行〉だった。
「ピアラ、あなたが履いているのはちょっと変わっている形ね?」
「これのこと?」
甘栗色のボブカットの髪形、瞳は焦げ茶色。頬はふっくらとしているが肌は色白。
カナコはホルン=ピアラの容姿が、服装を含めての異国的な雰囲気が独特だと、何時も気になっていた。
「素材は何で出来てるの」
「たぶん、木だよ。おばあちゃんから貰ったんだ」
歩く度にカラン、コロンと音がする、ホルン=ピアラの履き物が、カナコにとっては珍しかった。
「履いてみる?」
「いいの?」
ホルン=ピアラは頷いて、履き物を脱いだ。
「う、履きづらい」
「靴下を脱いで、足指の間を鼻緒に挟むの」
「ハナオ?」
「下駄板の前部分に差し込んでいる、紐の束よ」
「これでいいのね」
「うん。あとは普通にーー」
一歩踏み出したまではよかったが、足元を崩したカナコが地面に吸い付くように転んでしまったーー。
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カナコが転んだおかげで〈一行〉は足止めをした。
カナコの脚の状態が回復するまで休憩だと、ルーク=バースは〈プロジェクト〉メンバーに指示をする。
腕に巻く時計は、装飾品でしかなかった。
聞けば“紅い列車”に備え付けられていた時計の全部も時の刻みを止めてしまったと、いうことだ。
“蒼の路”を踏みしめて、見る景色にも同じような現象があると、ルーク=バースは思った。
陽がずっと昇ったままだった。その真下に“蒼の路”がある。
陽の光が“蒼の路”を照らして【国】への道標をしている。
路に腰を下ろして空を見上げるルーク=バースは、そう思った。
「捻挫ばいた。あた、なれん靴ば履くけん、器用な怪我ば、したとたい」
「薄情大魔王さん。わたし、こう見えてもデリケートなのよ。ちょっとだけでもいいから、やんわりと扱ってよ」
「『ハケンラット』ばいたっ! 怪物の王さまのごたん、おどんの呼び方。よしてはいよっ!!」
ーー唐辛子を塗るけん、足首ば、出しなっせ。
ーーアイスクリームにしてよ。わたしが責任もって、口の中に入れるから。
ーー食い意地張っとんのは、だんなだけでよか。
ーー本気なわけないでしょっ! 大体、香辛料を塗ったら熱くて本当に歩けなくなるっ!!
ーーあた、意外とアタマ、硬かね?
カナコが泣きかぶってこっちを見ている。
たぶん、歯に衣着せぬのハケンラットから解放されたくて、助けを求めているのだろう。
近くで、遠く。
ルーク=バースは笑顔で手を振って見せると、顔を真っ赤にさせているカナコの口の動きを読み取った。
ーーお父さんの、あんぽんたんっ!!
ーーワンパターン。
カナコの怒りは止まらず、偶然通り掛かったザンルに当たり散らしていると、バースは遠巻きで見ていた。
「子離れか? バース」
「うるさい、タッカ」
嫌な奴に場を見られてしまって、しかも嫌み混じりだと、バースは鼻で笑うタッカに険相を剥けた。
「バース、今の移動手段では限界だぞ。これでは【国】に辿り着く前に、特に〈プロジェクト〉メンバーがやられてしまう」
「“力”は使うな。万が一に備えて温存をしとく。それは路を歩く前に指示をしていたぞ? タッカ」
「あいつが繋げた路だ。防御的な役割は絶対にあるはずだぞ」
タッカは“蒼の路”の路肩へと移動をして、遠くで見える山脈に向けて掌を翳すと、ぽあん、と、音の共鳴が聞こえて、ゆらり、と、波紋が浮かんだ。
ーーそして、タクトの命でもある……。
悍しい声色のルーク=バースが、タッカの手首を掴み、ぐっ、と、捻った。
「冗談だ。と、いっても貴様の気がおさまらないだろう」
タッカは藻掻いた。手首に締め付けられるバースの指先を解くをしようと、抵抗すればするほど圧迫される。
「わかっているならば、二度と言うな」
バースが指先を離すと、タッカの手首はすっと、軽くなる。
「そんな気は、二度とない」
手首に赤く、くっきりと。バースが付けた指の跡形を見るタッカが口を突いたーー。
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ルーク=バースは後悔をしていた。
冷静さを欠いて、咄嗟な反応をしてしまった。
タッカは挑発的な発言をしたのではなかった。
奴は子ども達の身の安全確保としての提示をした。
謝罪をする。に、抵抗感があった。
奴のことだ、此方から頭を下げたことによってのぼせ上がるは目に見えてる。あの手この手と、嵌める策略を打ち出すに違いない。
ぶつぶつぶつ……。
わっりぃ、タッカ。さっきのあれ、おまえにどっきりを掛けたのだっ!!
「『しまった』と、思ってるならば、さっさと、謝ったら?」
背中を丸めて腰をおろしていたバースは、後ろから声を掛けたカナコを見上げた。
「俺、何か悩んでいた?」
「派手にでかい声だったっ!」
カナコはバースの隣に座り、ぶっきらぼうに言った。
「おまえに怪我をさせた。それもあるが、他の子ども達まで倒れられたらあいつに顔向け出来ない」
「タクトのこと? だから、エロガッパさんと喧嘩したの」
「『タッカ』だ。カナコ、人の名前はちゃんと呼ぶをしなさい」
「薄情大魔王さん……。違った、ハケンラットさんにもお父さんと同じようなことで怒られた」
「と、いっても、父さんでは説得力ないな」
バースは苦笑いをしながら、頭を掻いた。
「でも、お父さんの“仕事”は大変だよ。だって、みんなをまとめなきゃいけない。本当は、わたしになんて構ってられない筈よ」
ぱらぱら。と、音がすると、カナコは空を見上げた。
閉ざされた大地にも雨が降る。
ルーク=バースもカナコと同じく空を仰ぐをした。
「干からびた土に雨で濡らして潤す。カナコ、おまえはその役目で十分だ」
タッカに掌を合わせ、何度も頭を下げているバースを、カナコは遠巻きで見ていたーー。




