25両目
“子供”と、思われるが癪だ。
〈プロジェクト〉メンバーは、どこまで“大人の都合”を解っているのかと、いうのも理由のひとつだった。
カナコは知りたかった。
【此所】で両親は何かを見ていた。両親が思い出として語らなかった何かがある。
カナコは探すをしたかった。
ひとりで、こっそりと見つけようとするつもりだった。
躓いて、転倒して膝に怪我をしていなかったらとっくに探し当てられていた筈だったと、カナコは傷の手当てを受けながら思った。
「縫うばいた。2針ほど」
男の住まいの一郭に、医療行為が出来る設備が施されていた。そこに居て、カナコの傷を診たのはハケンラットだった。
「縫う?」
診療台の上で仰向けになっているカナコはハケンラットの言い方に耳を疑った。
「そぎゃんすれば、傷口が綺麗に治ると」
ハケンラットは医療器具が収められている棚へと移動をした。
「カナコ、ハケンラットさんの処置は上手だよ」
部屋の隅で背もたれをしているタクトが、カナコに笑みを湛えていた。
「見え見えよ」
ハケンラットからの処置が終わり、膝に包帯を巻くカナコは、鼻息を吹いてタクトから視線を反らせたーー。
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アルマは探していた。
山頂から『調査』を終えたタイマンとバンドがコテージで休息をしているのにもかかわらず指示を出した“本人”がいないと、日暮れの丘へと向かって登った。
「止せよ」
岩に腰を下ろしているバースがアルマに抱き締められ、照れ隠しにと堪らず突いた一言だった。
「今さら、何を。おまえらしくない口の聞き方、私は気に入らない」
「何時もだったら『大馬鹿野郎』と、蹴りを入れるだろう?」
「其処までに至らないほど、今のおまえに気が気でない」
「すまなかった」
バースはアルマの腕を解き、そしてアルマへと振り向いた。
「我が子達には見せられない、顔をしているぞ」
「だから、此所でしていたのだ」
「私にも、見せたくないからなのか?」
「誰にもだよ」
「つまらない意地を張ってどうする……。」
アルマはバースを腕の中にと寄せた。
バースは黙って、アルマの腕の中で身を任せた。
「なあ、アルマ」
「どうした、バース」
「“ぽんぽん”ねだっていいか?」
ーーこの、大馬鹿野郎っ!!
日が沈み、アルマはバースに蹴りを入れると丘から下りたーー。
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【幻渓谷】にあるのは、創られた自然だけではなかった。
高性能な設備の建築物は人工自然と一体化されており、容易く内部へと侵入出来ない構造だった。
其所にいたのは、ルーク=バース。そして〈陽光隊〉の隊員だった。
「新たな侵入経路は発見には至らなかった。なのだな、バース」
「ああ、貴様のいう通りだ。タッカ」
タッカは、椅子に腰かけて腕組みをしているバースを睨んでいた。
沈黙が続いていた。設備を起動させている、小刻みな機械仕掛けの音に彼らはじっとして耳を澄ませていた。
今回の件で、夫を責めるは御法度。
夫は思いつきでの行動はしない。慎重に綿密に策略を立てて、結果に向かおうとしていた。
アルマは葛藤していた。
夫の肩を持つか、隊員の批判に賛同すべきか。
どちらも、選べない。と、アルマは掌の震えを抑えようと指先を綴じては広げるをする。
立ち姿勢でいるにも、疲れた。と、アルマはとうとう背中を壁に凭れさせ、落ちるように腰をおろしていった。
「おまえ達、一旦解散だ」
間を突いたように、バースが同志に促した。
「できるだけ、早めに集合の合図をするのだ」と、理由を深く訊くはしないタッカの目がバースにとっては癪である一方、笑みを湛えながらの敬礼で謝辞を表した。
隊員達が外に出る。
バースは、すっ、と、敬礼をする右手を下げてアルマへと歩み寄った。
「触れるな」
アルマはバースが差し出す掌を拒んだ。
「頼む、俺を見てくれ」
「拒否する。おまえを見たら、私が押し込む衝動が弾けてしまう」
アルマは頑としていた。バースはそれでもアルマの傍から離れなかった。
「なあ、アルマ」
「お願いだから、来ないで」
バースはアルマの手首を掴んでいた。アルマは至近距離のバースから懸命に逃れようとするが、引き寄せられるを繰り返していた。
「この、大馬鹿者め」
アルマはバースの腕の中で、か細く強がる振りをした。
「教えてくれ、おまえが『押さえている衝動』が何かを、だ」
やさしく、柔らかく。バースの指先はアルマの唇を這っていた。
ーーバース、私はあなたに風を吹き込ませたい……。
アルマの甘い囁きを、バースが口に含むーー。
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今度こそ。と、カナコは就寝しているコテージから外へと出るつもりだった。
「勝手な行動は許されない」
扉の向こうに、タクト=ハインがいた。
「邪魔よ、タクト」
カナコは怒りを膨らませた。どんなに押しても引いても扉が開かない、其処にいるのがタクトだとわかるカナコは感情を剥き出しにしたのであった。
「キミは解っていない。キミがどんなに護られているかと、ご両親の気持ちをキミは台無しにしようとしている」
「知る為の行動をする。それが何故、いけないことなの」
ーーカナコ。キミの探求心は、あまりにも危険すぎる……。
悍ましく、低くの声色だった。
タクトの本気の怒りだと、カナコはびくっ、と、背筋を伸ばした。
「ごめんなさい」
カナコは扉の取っ手から手を離した。
「……。だから、嫌だったんだ」
開かれる扉の隙間から、溜息混じりのタクトの顔が見えていた。
「遅いよ」と、カナコはタクトから視線を反らせた。
「僕は〈プロジェクト〉メンバーの引率者だ。それは、カナコだって解っているだろう」
「わたしのことを、特別扱いはしない。タクトは最初からぐりっぐりの、ぎったぎた。だったよ」
「きつい言い方だ」
タクトはカナコの手を引いて、コテージの外へと連れ出した。
「タクト」
「ああ」
「わたし達の為に来てくれたお父さん、凄く困っている」
「ああ、そうだよ」
タクトはカナコの手を握る。
さらさらと、夜風が頬を拭う【幻渓谷】の、月明かりが照らす雑木林の路が途切れ、タクトはカナコの手を離す。
其処は【幻渓谷】の北の方角にあった。
其処にあったのは、土から剥き出す樹木の根、花を咲かせずに枯れはてた草。そして、地面に埋まる土甕が僅かに形を留めていた。
「やはり、娘の意思が強かった」
「負けてしまいました。約束通り、お願いします」
先を待っていたかのように、其処には男がいた。タクトは男に一礼をすると、カナコの傍から離れるをした。
「【国】への路を繋げる。多少の衝撃を伴うが、よいな」
カナコは男の問い掛けの返事として、頷いた。
「僕が援護致します」
タクトは“蒼の光”を掌で輝かせて、カナコと手を繋いだ。
「始めよう」
男は呼吸を整えて、朝焼けを見上げたーー。




