23両目〈銀の狼 ③ 〉
ーーカナコ、キミはまだ子供だ……。
ロトの一言が心の中で繰り返していた。
雑木林の路でひとり残るカナコは積もる枯れ葉を踏みしめた。
追いかけて、弁解する。それもあったが、ロトの冷たい目付きにどうすることも出来なかった。
カナコは鼻の頭を赤くしていた。目頭を何度も手の甲で擦るが、どんどんと溢れる涙を止められなかった。
誰も傍にいなくてよかった。
誰かに弱さを見せるはしたくない。
蒼い月の光を浴びて、カナコは泣いていたーー。
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カナコが泣いているとは、露知らず。
タクト=ハインはまだ鬱ぎ込んでいた。
こんな年になってまで、親に心配を掛けさせてしまった。しかも〈花畑〉で静かに暮らしていた筈の母親にだ。
母は誰かに連れてこられたと言っていた。
姫さま。とは、誰のことだ。
タクト=ハインはどんなに考えても其れらしき人に思い当たりがなかった。
生前の頃の母は、自分のことを滅多に語るはしなかった。
ーータクト、あなた【ヒノサククニ】に行きなさい……。
母はそう言い残し、息を引き取った。
今思えば、母が何もかも見透しての言葉だった。
母との約束を果たす為に『今を護る』を口実にしていたのだろうか。
タクト=ハインは、ひたすら自分に問い掛けていたーー。
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ロトがルーク=バースから頼まれたのは【場所】を管理する男の“かつて刻んでいた時”を造影させて、象にした“器”に植え付ける。
「ロト、おまえは休んでいろ」
雑木林の入口でルーク=バースは【幻渓谷】の森の奥にある施設にロトを案内しようとしていた。
ルーク=バースが落ち合って見たロトは疲れきった様子だった。
ロトは仲間たちを救ってくれた。それだけでも十分だった。
男が呈示した“銀の狼”と逢った。だから、路は繋がった。
カナコが持っている『宝物』が、象にした“器”に新たな時を刻ませると、ルーク=バースは確信した。
カナコは男の住まいでタクトと共に待機している。ルーク=バースはカナコを連れてこようと、翻して畦道を踏みしめた。
「おい、バース」
「くっついてくるなよ」
ロトがぴたりと、付いてきていた。バースは振り向き様に堪らず顎を突き出した。
「そっちには、カナコがーー」
「なんだって?」
口を濁すロトだった。そして、バースは思わず聞き返したのであった。
「……。いや、なんでもない」
ロトは、バースを追い掛けるのを止めたーー。
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タクト=ハインは、待機している男の住まいでまだ鬱ぎ込んでいた。
タクト=ハインはベッドのシーツに包まっていた。誰かが次から次にドアをノックする音が聞こえていたが、寝た振りをして呼び掛ける声さえも振りきっていた。
「おいっ、タクトッ! いい加減にしろっ!!」
怒鳴り声と激しくドアを叩く音。
バースが来たのだと、タクト=ハインは身に包むシーツを剥がすとベッドから降りた。
ドアには鍵を掛けていた。外すと同時にドアの隙間から見えたのは、ルーク=バースの激昂した顔だった。
タクト=ハインは弁解の余地がなかった。
証拠にルーク=バースが間を入れずといわんばかりに、タクト=ハインの腕を掴んでいたのであった。
「ぐずぐず、もたもたするなっ!」
ルーク=バースに腕を掴まれながら、タクト=ハインは雑木林の路を走っていた。
息があがって、止まりたかった。それでもルーク=バースは容赦なしで走り続けた。
駿足を止めることが出来た場所で「タクト、さっさと入れ」と、タクト=ハインを促したルーク=バースは目の前にあるドーム型の施設の中に入っていった。
情況がのみ込めないは、仕方がない。
ようやく呼吸を整えたタクト=ハインは、ルーク=バースに付いていった。
其所は、蒼い空間だった。
タクト=ハインは、鮮明な蒼の中に誰かがいると、目を凝らしていた。
背格好にすれば、少年がふたりいた。ひとりは、青銀の髪と翠玉の瞳。もうひとりは、薄茶色の髪と瞳。
ふたりが並ぶ姿に、タクト=ハインの心は震えていた。
「タクト、覚えているだろう?」
ロトは穏やかな顔をしていた。
「ああ、勿論だよ。けして、忘れることなんてなかったよ。ロトくん」
タクト=ハインはロトの隣にいる少年へと歩み寄った。
そっくりだった。まるで、生き写し。
だが、存在は既になくてタクト=ハインの心の中でずっと象をとどめていた。
名前は、ルーク=バースの息子と同じビート。
《団体》が起こした“時の洪水”の事故に巻き込まれた弟の“芯”は、今は何処かの誰かの中にいると、タクト=ハインは知っていた。
「ロトくんが、連れてきたの?」
「“失われた時そのもの”に介入は出来ない。この少年の“象”は、バースの記憶から創られた。そして、別に存在していた“芯”が時を刻むを担った」
「“ロトの象”が路を繋いだの」
タクト=ハインは振り向いた。
其処には、寂しげな顔をして“ロトの象”を掌に乗せているカナコがいた。
「俺がカナコを此所に呼んだのだ」と、ルーク=バースはカナコを背後にして言う。
「そうだったんだ。だったら、ロトくんが路を繋げたのと同じだよ」
「実際は、カナコが役割を担った。だから、路を繋げたのはカナコだ」
「その瞬間を見たかった」と、タクトは残念そうに呟く。
「よく言うぜ。連中がどんなに呼んでも反応せずにいたくせによっ!」
「何の説明がないのですよ。理由がわかっていれば直ぐに来ました」
ルーク=バースはタクト=ハインの頭部に肘を何度も押し当てた。
「カナコ、悪かった」
「忘れちゃったわ」
ルーク=バースとタクト=ハインの様子に笑いを堪えているカナコに、ロトは話し掛けた。
「もう、帰っちゃうのよね」
カナコの問い掛けに、ロトは「ああ」と、頷いた。
カナコは「ふっ」と、笑みを湛える。そして、深呼吸をした。
ーーふたりとも、調子に乗って巫山戯ているとロトは黙って帰るわよっ!!
「え?」
「待て、タンマッ! だから、直ぐに行くなっ!!」
カナコが叫ぶのが聞こえた。バースはタクトを振り払い、ロトの傍に駆け付けた。
「娘の目の前でみっともないことをするな」
「つい、だよ」
「残念だが、そろそろ帰らせてもらう」
「ああ、色々と世話になった。サンキュー、ロト」
「タクトはロトに挨拶はしなくて良いの?」
「カナコ、キミもだよ」
「わたしは、別に……。」
「ひとりで言いづらいならば、僕と一緒にしよう」
タクトはカナコの掌を繋ぎ、ロトの傍にひいて連れてきた。
「ロトくん、ありがとう」
「元気でな、タクト」
タクトとロトは見ていた。口をぎゅっと、結んだまま、俯いているカナコに愛想笑いをして見ていた。
「わたし、こう見えてもデリケートなのよ」
「今みたいに素直な面をすれば、可愛げあるといえるけどな」
「もうっ! タクトの前で冷やかさないでっ!!」
カナコは顔を真っ赤にして、ロトに腕を振り上げるがタクトに掴まれてしまったのであった。
「ロト殿。ワシからも礼を申し上げる」
「……。あんたは一体?」
ロトの傍に男がいた。男とは初対面なのに、そうと思えない。しかし、知るは必要はないと男に深く問い掛けるを止めた。
ロトは目蓋を閉じた。
呼吸を整えて、銀色の力を発動させる。
ーーまた、会おう……。
銀の蜃気楼の中へと、ロトは翻す。
“銀の狼”が帰っていく瞬間を、タクトたちは見守っていた。
「あんたは何て呼べばいいのかしら?」
カナコはひとりの少年に振り向いて訊ねた。
「ビルド。ボクは、ビルドだ。ボクはまた、生まれた……。」
少年は、声を震わせた。
「もう、ひとりになるを選ぶはしないでよ」
カナコはそう言って、ビルドの掌を握りしめたーー。
ロトくん、今回もありがとうございます。
そして、トト様。ロトくんの出演のご協力に心より感謝を申し上げます。
ご拝読された読者様、良いお年を~♪




